普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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「自然」とは

明治時代、西洋の言葉をたくさん訳しました。その作業たるや、日本の近代化に非常に役立ったことは言うまでも有りません。しかし同時に、大きな間違いをしてしまった訳語がいくつかあります。その一つがnatureです。

英和辞典を引いてみて下さい。私たちは今、natureを「自然」と訳します。言い換えるとnatureの意味として「自然」という漢字を当てています。

仏教学者の鈴木大拙はこのnatureに対して「自然」という字を採用したことを、
「これがわれらをして、東洋的思想の中で最も大切で根本的なものを忘れ去らしめた事由となったのである」
と言っておられます。

東洋的思想の中で最も大切で根本的なものが「自然」という概念であると言っておるのです。

では「自然」とはどういう意味なのか。

「この「自然」とは「自ら然る」の義で、仏教者のいう「自然法爾(じねんほうに)」である。他から何らの拘束も受けず、自分本具のものをそのままにしておく、あるいはそのままで働くの義である。(中略)「自然」には相対性はない、また客観的でない。むしろ主体的で絶対性をもっている。「自己本来に然り」という考えの中には、それに対峙して考えられるものはない。自他を離れて自体的、主体的なるもの、これを「自然」というのである。
西洋のnatureは二元的で「人」と対峙する、相剋する、どちらかが勝たなくてはならぬ。東洋の「自然」は「人」を入れておる。離れるのは「人」の方からである。「自然」にそむくから、自ら倒れて行く。『日本再発見』より

少々長く引用しましたが。おわかりなりましたか。
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# by fumonken | 2014-04-19 20:09 | 禅・仏教について | Comments(0)

力とは

人間力、直感力、発想力、交渉力、営業力など、とかく何々力などといったことが求められる今日この頃です。でも「力」とは他に対して誇示するものではなく、己の内に秘めるものと思います。本来何々力なんてものはありません。それはまやかしと言ってもいいでしょう。力とは自分を信じる力のことです。自分を信じる力は、継続によって、培われていくものです。
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# by fumonken | 2014-04-15 21:36 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

ご結婚おめでとう

○○さんへ

京都の普門軒です。ご無沙汰しております。この度はご結婚おめでとうございます。式の方はいかがでしたか。当分□□の方にいるんですか。□□の桜はもう見頃は過ぎたでしょうか。

さて結婚の時、つまり晴れやかなときには多くの友達、知人が集まってくれます。でも本当の信頼できる人というのは、苦難になったときに集まってくれる人のことです。そういう人を一人でも多く、作って下さい。また○○さん自身も、相手に対してそういう人になって下さい。それにもっとも必要なことは「信」の道です。

「信」とは人+言で、約束をまもること。つまり言うこととすることを同じくすることです。これを言行一致といい、これは禅のもっとも大切にするところです。つまり「信」とは言行一致の精進の上に成り立つのです。

言行一致の精進をして始めて人に用いられるようになります。これを「信用」といいます。信用されてさらに精進することで、人に頼られるようになります。これを「信頼」といいます。さらに言行一致の精進を積み重ねると、人に任されるようになります。これを「信任」といいます。

どうぞ、お互いのことを信じてください。同時に信じてもらえるように精進して下さい。われわれの人生とは「信」の道なんです。この「信」の道をあゆむことで、気づけば、自らを信じることができるようになるんです。これを「自信」というんです。
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# by fumonken | 2014-04-09 11:59 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

とんち話

とんち話というと、

「そもんさん!」

「せっぱ!」

と言いますが、これは
「作麼生(そもさん)」=問題を出すぞ!
「説破(せっぱ)」=答えてみせよう!


と言う意味です。「作麼生」は宋代の俗語だと言うことです。


とんちは頓智と書きます。頓は「すぐに、即座に、急に」と言う意味で、智は仏教の言葉「智慧」のことで、真理を見極める認識力という意味です。

難しく言うと、頓智とは「その場に応じて即座に対応できる、認識力」といえます。

これは何ににもとらわれていないからこそ、即座に対応できる。これこそ禅の真髄です。「無我」や「無心」といってもいいでしょう。
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# by fumonken | 2014-03-25 15:26 | 禅・仏教について | Comments(1)

地球規模化と国際化

国立国語研究所が「外来語」の言い換え提案をしておりますが、その一つに「グローバル化」という言葉を「地球規模化」という日本語に言い換えるよう提案しております。

グローバル化は「globalization」と書きますが、もともと語源的には「globe(球体)」+「al(〜の:形容詞接尾語)」「ization(〜化)」からわかるように、「球状化」という意味です。そこから派生して、全体化、包括化、地球全体化、地球規模化なという意味に使われています。

似たような言葉として、日本語には「国際化」という言葉があります。これは「internationalization」の訳語で、「inter(相互の)」「nation(国家)」「al(〜の)」「ization(〜化)」を訳しております。ちなみに幕末期、「international」の訳語として「万国普通」とか「列国交際」、「各国交際」、「諸国交際」などとしておりました。それが明治30年代頃から「国際」という言葉に統一されました。

グローバル化と国際化。国家の立ち位置がずいぶんと意味が違います。
「グローバル化」には、地球を一つの世界と見るため、それぞれの国家、民族をどうやって地球全体化、地球市民化させていくのか、その方策やまた状態のことです。
一方「国際化」には、地球を多数の国家、民族の集合体と見るため、それぞれの国家、民族をどうやって相互に存在させていくか、交際させていくのか、その方策やまた状態のことです。

外来語のまま使ってしまうと、意味が似ているようで、ずいぶんと違うことに気づかず使ってしまう場合があります。
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# by fumonken | 2014-03-09 08:27 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

大信根

禅の修行において、修行以前に心がけなければならないことがあります。それは「信・疑・勇」です。

信とは、大信根。信じるきることです。
「信じる」ということは本当に大切です。「信じる」ということはとても大きな力を発揮させます。私も三十過ぎてから出家して、ここまでやってこられたのも「信」の一字です。師匠を信じ、道場の師匠を信じ、道場の先輩を信じています。私の申し上げていることは、その「人」を信じているということではありません。その人々が信じている姿とか、信じていることを私も信じているということです。それは何を隠そう禅という世界観であります。
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# by fumonken | 2014-03-06 23:06 | 禅・仏教について | Comments(1)

門より入るものは是れ家珍にあらず

「門より入るものは是れ家珍にあらず」。禅における大切な言葉の一つです。
家珍(かちん)とは家宝のことです。自分の宝物という意味です。
門から入ってくるものには家宝はない。門とは六つの門のことです。
目、鼻、口、耳、肌、意識の六つ門です。

私たちは絶えず、これらの六つ門を通して、外のものを見たり聞いたりして頭に描いていて受け入れています。禅ではそれら、外から入ってきたものは借り物であって、本物ではないというのです。

料理をただ習ったり、教えられたり、本を読んで作っただけで、体験のないものには、決して上手になれるものではない。禅では、受け入れ態勢の体験が非常に厳しく要求されるのです。論より証拠、実行第一。己で料理を作ってみる、自分で食べてみることが大切なのです。

だからといってただすればいいのではありません。日常の生活に於いて、自分なりに工夫していく、役立てていく。それを心がけて実践する。そうやって継続していくうちに、門から入ってきたもののヒントとしながら、己の中にもともとあったものに磨きがかかり、家珍として開発されていくのです。それが禅の修行です。
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# by fumonken | 2014-03-05 15:11 | 禅の暮らし | Comments(0)

新幹線…36秒

私は鉄道が大好きで、中でも新幹線は日本の誇りだと思っております。東海道新幹線は、世界初の高速鉄道で、今年で50年を迎えます。新幹線は単に速いだけではなく、安全性、快適さ、さらに環境に配慮された鉄道です。

そして年間約12万本を運行している新幹線のすばらしさはその正確な運行です。これは他国の高速鉄道は早さだけではなく、まったく追いつけません。平均遅延時間(平成23年度)はなんと36秒です。今年の正月に東京駅近くの火災のためダイヤが大幅にみだれた新幹線は記憶にあると思います。他にも台風や大雪などの影響も含んでの、平均遅延時間36秒! 自然災害がなければ、ほとんど遅れない乗り物。本当に素晴らしいです。
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# by fumonken | 2014-02-19 08:18 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

大雪の東京

そういえば、大雪の東京と言えば、1703年の忠臣蔵、1860年の桜田門外の変、1936年の2・26事件がありました。今日は東京は46年ぶりの大雪だそうですね。何か起きるのでしょうか。
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# by fumonken | 2014-02-08 20:49 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

自信とはー你が信不及なるが為の所以に、今日葛藤すー

你が信不及なるが為の所以に、今日葛藤す。『臨済録』より

お互いの持って生まれたもの(自己)がそのまま真実の本性なんだ、その自己が一番よいのだ信じることができないから、外部の知識や情報に頼って悩んでしまうんだというのです。

山田無文老師は
自信とは、お互いが生まれながらに持っている人間性(自己)の真実というのものが、一番立派なものであると信じる。これを自信というのだ。
どんな学問を覚えるよりも、この生まれたままに持っているも(自己)を、お互いがはっきりと自覚していくこと、自分を掘り下げていくことが、坐禅というものだ。
その生まれ持ったままに持っているもの(自己)が一番よいということを信じることができないから、みんな議論に向かって、学問に向かって理屈をこねるのであるとおっしゃっています。
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# by fumonken | 2014-02-07 16:24 | 禅・仏教について | Comments(0)

臨済録

臨済録。唐の時代の禅僧で、臨済宗の開祖、臨済義玄禅師の言葉をあつめた語録です。臨済宗の聖典と言われております。

西田幾多郎博士は世界中日本が亡くなっても、臨済録と歎異抄さああれば、もう本はいらないと言われておりました。

その臨済録を私たちの解いて下さる書籍はたくさんありますが、私は特に山田無文老師の解説がわかりやすいなーと思っております。
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# by fumonken | 2014-02-05 13:54 | 禅・仏教について | Comments(0)

スルメとガム

「かめばかむほど」と言いますが、ガムは始めは味がありますが、かめばかむほど、味がなくなっていきますね。スルメは始めはかんでも堅いし、そんなに味は感じられません。でもかめばかむほど、味が出てきます。

坐禅はスルメですね。
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# by fumonken | 2014-02-04 18:19 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

信念

社会のルールには大きく、絶対的「原則」を重視するルールと、その場の「人間関係」により構築され 「原則」を非常に重視します。そのためその社会は普遍的、イデオロギー的、理性的、理想的な面をその判断基準とする場合が多いです。一方、昔の日本の社会は原則よりも、むしろその時々や、その場での「人間関係」を重視してきました。そのために派閥的であったり、個別的であったり、感情的、現実的な面をその判断基準とする場合が多いです。

「人間関係」」という目に見える ルールですが、先ほども申し上げたとおり、多分に派閥的であったり、個別的であったり、感情的である。それは、原則社会に比べ、その社会は「対立的にならない」という非常にいい面をもっています。ただ逆に他人任せになりがちで、雇われ根性的な面も持っています。

何にでもいい面も悪い面もあります。

ですから、「人間関係社会」に住む人々それぞれに「信念」が要求されたわけです。
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# by fumonken | 2014-02-01 12:08 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

日本の歴史

「赤ちゃんの頃は肌身離さず、幼い頃は手を離さず、
 小学生の頃は目を離さず、中学生からは心を離さず。」

日本にはながない歴史があります。歴史はその人々が何世代にもわたってはぐくまれた経験でり、それが受け継がれてきている実績です。上の言葉もその長い歴史から生まれてきた言葉の一つでしょう。
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# by fumonken | 2014-01-18 09:32 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

元陸軍少尉の小野田さんの死去

元陸軍少尉の小野田さんが亡くなられたそうです。91歳でした。終戦後も戦争が続いていると信じフィリピン・ルバング島に昭和49年まで潜伏を続けた元陸軍少尉です。私も少し後著者や小野田さんに関する書を読ませていただきましたが、本当に筆舌に尽くし難い方です。また戦前が遠くになった感じがします。心よりご冥福をお祈りいたします。
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# by fumonken | 2014-01-17 13:15 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

生きるとは

さらに昨日の続き

禅の生き方に変えていきたいと思う方は、思考から入ると言うことでよろしいのですが、同時にもう一つ大切なことがあります。それは「師」を見つけることです。書籍やネットだけではだめです。時折でいいです。実際の声を通して、言葉の交わして、思考を学ぶことのできる「師」が必要です。

禅宗の僧侶になる場合、師匠につかないと僧侶になれません。師匠からいろいろなことを学びます。さらに修行道場にいけば、「老師(ろうし)」と呼ばれる「師」がいらっしゃいます。

まずは禅の書籍をてにとって、いろいろ思考されるとよいでしょう。次は、お近くの禅寺に是非、足を運んで下さい。そしてそのお寺の和尚さんと言葉を交わしてみて下さい。行動として坐禅をさせてもらったり、さらに掃除をさせてもらったらよいでしょう。時間がたつにつれ、「師」になってくれる思います。もしだめだったら、普門軒に来て下さい。
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# by fumonken | 2014-01-10 20:25 | 禅の暮らし | Comments(0)

生きるとは

昨日の続きです。

もし、あなたが今、今の自分を生きた方を変えたいと思うなら、まず、思考を学ぶべきでしょう。そしてその上で、行動が変わっていき、結果、自分の生き方が変わっていきます。

禅なら禅の思考を、キリスト教ならキリスト教えの思考、マルクス主義ならマルクス主義の思考を学んでいけば、時間はかかりますが、行動も変化していき、結果、あなたの生き方も禅的生き方であったり、キリスト教的生き方であったり、マルクス主義的生き方になっていくでしょう。

忘れてはならないことは思考のみになっては、生き方は決して変わらないということです。言行一致を目指さなくてはならないことです。思考か行動かどちらか一方では、単なる研究対象、興味の対象です。高等教育機関の指導者を見ればおわかりでしょう。生き方が変わるまでのことはないでしょう。
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# by fumonken | 2014-01-09 20:07 | 禅の暮らし | Comments(0)

生きるとは

「生きる」とは、命を保ち、活動していることです。私たちは命を授けられている以上、その命を保ち、活動して行かなくてはなりません。その活動内容は大きく言いますと、思考と行動だと言えます。

人は思考して、行動します。また行動して、思考します。その積み重ねが「あなたの生き方」となるわけです。つまり行動力と思考力は「あなたの生きる力」なのです。

もし、あなたが、今のあなたを生きた方を変えたいと思うなら、どうしたらよいでしょうか。

禅宗の僧侶の場合、修行道場という場で、まず行動を学びます。修行の初期段階の多くの場合、思考は重要視されません。むしろじゃまなものとされます。例えば、掃除をする。掃除という行動はしますが、なぜ掃除する必要があるのかという思考はしません。食事はとても静かに食べる。静かに食べるという行動はしますが、なぜ静かに食べるのかという思考は大切にしません。ただただ行動のみを学ばされられます。それが何年かたつと、体もなれていき、自然と効率よく掃除ができ、静かに食事ができるようになります。つまり行動力がついてくるのです。行動力がついてくると「だから掃除をするのか」「だから食事は静かに食べるのか」と、自然と思考し始め、行動を理解できる思考力がついてゆきます。

思考力がついてくると、さらに行動しようという意欲がわき、さらなる行動力がついていきます。さらなる行動力が、さらなら思考力を呼び覚ますのです。そうしていく内に、これまでの行動と思考(生き方)から、知らぬうちに変わっていくのです。

ただし、修行道場のような場で、一定期間過ごせることは、一般的には非常に難しいことです。
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# by fumonken | 2014-01-08 19:18 | 禅の暮らし | Comments(0)

お土産(おみやげ)

あけましておめでとうございます。新年、多くの方々が故郷や旅行に出かけます。そのときつきものなのが、お土産です。お土産は「土産」と書きますが、この語源は、諸説あるようです。字の「土産」は読んで字の如く、土地の産物です。そして音の「みやげ」はよく見て選び、人に差し上げる品物を「見上げ(みあげ)」といったいう説が有力だそうです。
「土産」と「みやげ」は、別の意味で用いられていたが室町時代から混用されるようになり、室町末期以降、「みやげ」の当て字として「土産」が用いられるようになったそうです。

ちなみに西洋では、土産のことを英語でsouvenir、スロバキア語でsuvenír、フランス語でsouvenirなどです。souvenirの語源は「思い出」と意味だそうです。ちなみにチャイニーズではお土産のことを紀念品と言うそうです。ですから西洋の語源に近いですね。
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# by fumonken | 2014-01-04 20:39 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

新しい考えより、まずはあたり前の常識を

今年の目標は「新しい考えよりも、まずはあたりまえの常識」を大切にしていこうと思います。
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# by fumonken | 2014-01-01 19:39 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

弟子入りては則ち孝

論語にこのようなものがあります。

「子曰く、弟子入りては則ち孝、出でては則ち弟、謹みて信あり、汎く(ひろく)衆を愛して仁に親しみ、行いて余力あれば、則ち以って文を学ぶ」


孔子さんが、若者(弟子:ていし)に対して、申したことです。

一.家庭では親孝行しなさい。
二.外では長幼尊卑しなさい。
三.謹みのある態度でありなさい。
四.誠実な態度でありなさい。
五.広く人々を愛しなさい。
六.仁を持った人を師としなさい。

以上のことを心がけ、実践しているものは、学問を修めるべき人物なのです。
新しい考えや知識よりも、まず、あたりまえの常識の周知をまずは修めなさい。こういうことでしょう。

常識をふまえないものが、知識のみをもつと、あるべき知識の使い方を間違えてしまうこういう事を示唆していると思います。

ちなみに昭和30年ではわずか8%だった大学進学率は、平成25年には50%にまで上昇し、現在では二人に一人が大学に進学しています。
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# by fumonken | 2013-12-27 06:39 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

ジャガイモ、大根。よくとれました。

今年は、畑係(禅寺では園頭:えんず:と言います)が素晴らしいので、冬にもジャガイモ、大根、ネギや菜っ葉などお野菜がちゃんととれています。園頭さん、ご苦労様でした。
大根は早速、干して沢庵漬けにしようと思います。
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# by fumonken | 2013-12-18 20:37 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

おうちの天井を見て下さい

先日、ある方とこんなお話しをしました。その方はお寺に来られてお泊まりになった方ですが、寝るときに天井の木の模様を見て、「小さいころ寝るとき、天井の木目を見ていろんな事を想像ことを思い出しました」と、こういうことをおっしゃいました。確かに私もそうでした。雲の形や人の顔に見えたり、動物に見えたり。

その方は住宅建築に携わっていた方なのですが、今の家の天井はそのほとんどがクロスシートが貼ってあり、一面が真っ白な家が多いそうなんです。木目であっても天然の木ではなく、プリントの木目が多いそうです。

今の小さい子達は一面真っ白な天井をみて何を想像しているのでしょうか。
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# by fumonken | 2013-12-16 15:53 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

聖徳太子のお言葉

私に背(そむ)きて公に向(むか)ふは、是れ臣の道なり。

上記は十七条の憲法の第十五条です。これまので日本人が自分のことよりも、相手を思う、思いやりの精神。この思いやりの大切さを明文化したものは、ここに始まると云われています。

日本国憲法にはこういった文言よりも、個人の権利を大切にしております。はやり思想の背景が西洋から来ていることは一因にあると思います。
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# by fumonken | 2013-12-09 20:10 | 日課抄・歳時記 | Comments(1)

臘八接心もあと一日か。

あと一日で臘八接心も終わりです。もう一日、頑張りましょう。
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# by fumonken | 2013-12-06 23:02 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

すごい大統領だったんだなー

アメリカの第33代大統領はハリー・トルーマンです。彼の公的な手紙をネットで見つけました。

Letter from President Truman
to Samuel McCrea Cavert August 11, 1945

August 11, 1945

My dear Mr. Cavert:

I appreciated very much your telegram of August ninth.

Nobody is more disturbed over the use of Atomic bombs than I am but I was greatly disturbed over the unwarranted attack by the Japanese on Pearl Harbor and their murder of our prisoners of war. The only language they seem to understand is the one we have been using to bombard them.

When you have to deal with a beast you have to treat him as a beast. It is most regrettable but nevertheless true.

Sincerely yours,

HARRY S. TRUMAN

Mr. Samuel McCrea Cavert
General Secretary
Federal Council of The Churches of Christ in America
New York City, New York

Source: Michael B. Stoff et al., ed., The Manhattan Project: a documentary introduction to the Atomic Age (Philadelphia: Temple University Press: 1991),
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# by fumonken | 2013-12-04 17:03 | Comments(0)

本当の話だったのか

今日、19歳の大学生と話をしていたのですが、円周率を「3」として教えられたということです。本当の話だったのかとびっくりしました。彼らが悪いのではありません。それを採用した大人が悪いのです。かわいそうな話です。誰が責任を取るのでしょうか。
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# by fumonken | 2013-11-28 20:34 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

Kawaii

Kawaii。Hawaiiではありません。カワイイです。近年、日本のファッションや音楽、アニメなどの文化は、海外でも人気が高まっています。中でも「Kawaii」という感覚がはやっているようです。英語で「Kawaii looks」とは古風な少女、または可愛い少女の格好を意味していて、フリルやレース、頭にリボンの飾りをするファッションを「Kawaii」というように使いますね。

その「Kawaii」ですが、もともと「顔映ゆし」と書き、「かほはゆし」と読みます。「かほはゆし(顔映ゆし)」→「かははゆし」→「かはゆし」→「かわゆい」→「かわいい」という音に変化したと考えられいます。

「顔映ゆし」は、顔+映ゆしですが、「はゆし(映ゆし)」は「まばゆし(目ばゆし)」が「目を開けていられない」くらいの感情を表す言葉です。「相手がまばゆいほどに(地位などで)優れていて、顔向 けしにくい」という感覚で「気恥ずかしい」の意であり、それが転じて、中世には「いたわしい」「気の毒だ」の意に転じ、不憫な相手を気遣っていたわる意味になります。

中世といえば、日本的なる美意識が生まれ始めた時代です。「いとをかし」「幽玄」「はかなさ」「もののあわれ」…。それらに共通している美意識は、小さいもの、かすかな音、ほのかな動き、弱いもの、不憫なものに対して手を差し伸べたくなる美的感情です。小さなもの、不憫なものに対する気の毒さ、いたわしさが、やがて愛おしさに転じて、「かわいい」という意味につながっていきます。

実はこれらの美意識を表す言葉は、何を隠そう、仏教の小さな命に対する慈悲の感情、命に対する無常観が日本語として成立したと言うことなんです。

ただ視覚的に「かわいい」と思うのではなく、この小さな命に対して慈悲、そして命も永遠ではない無常観をもって見ることで、日本的な奥深い美意識を持つことになっていくでしょう。「いとをかし」「幽玄」「はかなさ」「もののあわれ」、そして「かわいい」。大切にしたい日本の美意識です。
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# by fumonken | 2013-11-10 17:05 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

お八つ

午後三時と言えば、おやつの時間。おやつは「お八つ」と書きます。
一日を十二支で12等分していた昔の時間の数え方で、8つ目の頃(今の午後3時)に食べたことからこういうようになりました。

禅寺には「点心」という言葉があります。「点心」という言葉は禅語『空心(すきばら)に小食を点ずる』からきたといわれております。疲れたときにちょっと何かをつまむと気分が変わるものです。また仕事仲間と一服の時間を過ごすと、また残りの時間も張り合いも出てきます。

「おやつ」とはおいしいお菓子を食べると言うことではなく、。心境を転換するということなのです。
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# by fumonken | 2013-10-31 10:41 | 日課抄・歳時記 | Comments(1)

本当の自分

本当の自分。普門軒に投宿される方々の多くは、この自問をもって、こられます。本当の自分とは。これを禅の言葉では「本来の自己」と言ったり、「本来の面目」と言ったりします。
曹洞宗を開かれた道元禅師は本当の自分と題する歌を読みました。

春は花 夏はホトトギス 秋は月 冬雪さえて冷(すず)しかりけり
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# by fumonken | 2013-10-27 21:11 | 禅・仏教について | Comments(0)