普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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稽古

現代人は日々、新しいもの、新しい方法、新しい状態を求め、またその創出に腐心している。言い換えれば、現代人の人生は常に新しいものごとで覆い尽くされている。


「稽古」という言葉がある。これは和製漢語で、漢語にはない。「稽」は考えるとか、とどめるといった意味だが、なぜ日本人は考えとどめる対象を「古」としたのだろうか。現代人から言わせれば、「なんで新しいものを学ばずに、古いものを学ぶんだ」ということになる。


「古」という漢字は「十」に「口」。「十世代(長き)にわたって伝わったこと」。長く伝わっている、途切れていないという意味を含むのだ。時間的古さではなく、時間的長さを「古い」というのである。


日本人は「稽古」という言葉に、学ぶ対象とは「その古さ=時間的長さ=道」なんだという思いを含めたのだろうと思いたい。そしてこれは日本人だけではなく、漢語では「温故知新」という言葉が浮かぶ。

しかし多くの現代日本人はそのことをすっかり忘れてしまった。1年経てばなくなってしまうような自己啓発セミナーなんぞは学ぶべき、とどめるべき対象ではない!


「後来風雪悪し、木は折る古岩の前」 『禅林類聚』

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by fumonken | 2018-01-18 12:20 | "不"不立文字 | Comments(0)