普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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禅は暮らし

禅の醍醐味は、やはり生活の様式に禅の思想を落とし込んでいるところでしょう。生活そのものが禅であり、禅そのものは生活であるといっても言い過ぎではないと思います。

禅の修行の内容は、坐禅だけではなく、朝何時に起きて、朝課には何のお経を読んで、朝のご飯は何をいただいて、午前は何をするか、午後の作務(お寺の作業)には何をすればいいのか、トイレの時間、おやつの時間、洗濯のできる日、休みの日、春夏秋冬の寝起きの時間など、事細かく決まっています。

そのため、修行を終えて、住職としてつとめるお寺に帰ってからも、修行が続けられるわけです。修行道場でないと修行ができないという事になっていないのです。己が立っている場が即、道場なのです。

修行道場で修行そのものである生活様式を学び、それを己の生活に落とし込むわけです。そういう意味で禅は世界に広がりやすかったと言えます。もしあなたのお近くに禅宗のお寺があったら、是非、一度たずねてみてください。あなたの生活のなかにあなたにあった様式で、禅を取り入れるヒントをくださるはずです。
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by fumonken | 2011-10-30 20:41 | 禅・仏教について | Comments(1)
Commented by おぐま at 2011-10-31 11:39 x
禅の生活・・・まさに、おっしゃる通りと実感しております。
2年前、病も酷く、全身病んでいました。藁をも掴む想いで京都を探し出し、2ヶ月以上滞在しました。
その中で、普門軒と出会い何回もお世話になりました。
和尚さんの生き方、考え方、にとてつもない力を頂きました。
それまでの生活は、なんてちっぽけな惰性的な生き方をしていたのか、禅の規律正しい生活の中で感じることが出来ました。
朝から晩まで・・・私にとって体験したことも無い厳しい生活に戸惑いのみでしたが、生活を考え直すきっかけとなりました。
静の坐禅、動の作務、ちょうど方丈の作成をしていた時期でしたね。あれだけ身体を動かしたことも、そうそう無かったことでして、クタクタになりましたが、その疲れは心地よいもので、心に力が沸く想いで過ごしました。
京都での体験後に戻った時の(夜行バス)新宿でバスを降りた時には自身、澄んだ心を感じ取れました。
人間は変われるのだな、と実感。
そして、現在、目標に向かい精一杯生きている私がいます。
坐禅も毎日欠かしておりません。和尚さんに紹介いただいた本も(東洋的な見方)は、私のバイブルになっております。