普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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李登輝元総統「日本の教育と私」・・・民主主義とは武士道の精神

日本文化の優れた伝統を日本の教育で獲得できた私に、何かなされたでしょうか? これから説明しましょう。

昭和20年8月15日、名古屋城で終戦を迎えた私は数日を経て復員し、京都の下宿に戻ってきました。その時から時間はすでに61年経過し、私もじいさんになりましたが、一昨年、60年ぶりに家族4人でその日本を一週間訪問し、観光する機会を得ました。

この時に私が強く感じたことは、日本は戦後60年で大変な経済発展を遂げたということです。焦土の中から立ち上がり、ついに世界第2位の経済大国を造り上げました。政治も大きく変わり、民主的な平和国家として世界各国の尊敬を得ることができました。その間における人民の努力と指導者の正確な指導に敬意を表したいと思います。

もうひとつ感じたことは、日本文化の優れた伝統が進歩した社会で失われていなかったことです。日本人は敗戦の結果、耐え忍ぶしか道はありませんでした。経済一点張りの繁栄を求めることを余儀なくされたのです。そうした中にあっても、日本人は伝統や文化を失わずに来たのです。

強く記憶に残ったのは、様々な産業におけるサービスの素晴らしさでした。金沢では一流旅館ならではのきめ細かいサービスに驚嘆しましたし、新幹線も車内サービスの充実ぶりに目を見張りました。そこには戦前の日本人が持っていた真面目さや細やかさがはっきり感じられました。

「今の日本の若者はダメだ」という声も聞かれますが、私は決してそうは思いません。日本人は戦前の日本人同様、日本人の美徳をきちんと保持しています。確かに外見的には、緩んだ部分もあるのでしょう。しかし、それはかつてあった社会的な束縛から解放されただけで、日本人の多くは今も社会の規則に従って行動しています。

さらに私が感じたのは、日本人の国家や社会に対する態度がここへ来て大きく変わり始めたことです。戦後60年間の忍耐の時期を経て、経済発展を追求するだけでなく、アジアの一員としての自覚を持つようになりました。武士道精神に基づく日本文化の精神面が強調され始めたのです。

ここ20年間、台湾にデモクラシーを持ち込んで、政治体制を変更した私が「『武士道』解題」を書き、副題にノーブレスオブリージェをキーワードとして、指導者たるべき者の心構えを説くことを考えれば、民主主義と武士道精神の間には、なんら矛盾がないと思います。デモクラシーと言うのは、個人のことを考えるだけではなく、国民の声を聞いて、国家のために働く、武士道の精神でもあるのです。【2006年9月20日付・産経新聞に掲載】
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# by fumonken | 2014-11-11 18:11 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

李登輝元総統「日本の教育と私」・・・生活の中の普遍的な美学

日本文化の優れた面は、かかる高い精神性に代表される、即ち武士道精神に代表される日本人の生活にある哲学であると信じます。心底からこみ上げる強い意志と抑制力を持って個人が公のために心を尽くす以外に、また日本人の生活にある美を尚(たっと)ぶ私的な面があることも忘れてはいけません。

藤原正彦先生は「国家の品格」の書物の中で、日本人の生活内容を「情緒と形の文明」と強調しています。日本人の生活は、自然への感受性と調和であり、もののあわれ、さびとわびを生活の中に見つけ出す、日本人独特の、また、人間として普遍的になくてはならない美学があるのです。

昔、中国で老子は「道可道 非常道」と、道は口で言えるものでなく、口で言えるものは永遠に道ではないと言っています。日本人は生活において花を生けるには花道を、お茶を飲めば茶道と言う様に、生活におけるあらゆる行為が道となっています。それが俳句や和歌という様な形で表現されて、自然との間に共生的関係を持っています。

これは世界の人々にはなかなか分かるものではありません。私が「『武士道』解題」を出版し、そして更に奥の細道を歩きたい気持ちは、日本文化の優れた精神性と美学的日本人の情緒を、何とか外国人や今の若い日本の人々に伝えようと考えたからです。

直感的に、私は芭蕉の著作「奥の細道」は、この様な日本文化の美を丁度よくまとめたものであると思っています。

奥の細道で平泉に到着した芭蕉と曽良が見たのは金鶏山でした。そして昔を偲(しの)びつつ、呆然(ぼうぜん)と立ち尽くして詠んだのが「夏草や兵どもが夢の跡」でした。時間を越えて華やかな過去がすべて一つの草むらにしか過ぎません。山寺を訪れては、蝉の声の潮と周囲の静けさの中で「閑さや岩にしみ入る蝉の声」を詠みました。自然との調和、心にしみこんで何の説明もいりません。

芭蕉は旅情のほてりが醒(さ)めやらず、最後の気力をふるい起こし、海岸沿いに越後の国に入ります。出雲崎に泊まった時に詠まれた「荒海や佐渡に横たふ天河」は、壮大な景観と佐渡への思い入れの入った句でした。

以上の3句は、時間と空間、存在している景観を十分に情緒と形で表した日本人らしさの代表的なものでしょう。【2006年9月19日付・産経新聞に掲載】
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# by fumonken | 2014-11-11 11:11 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

李登輝元総統「日本の教育と私」・・・進歩と伝統築いた武士道精神

私が初めて新渡戸先生の「武士道」-日本人の精神-という本に出会ったのは、旧制の台北高等学校時代でした。武士道などというと、封建時代の亡霊のように言う人もいますが、この本を精読すれば、そのような受け止め方がいかに浅薄なものか、すぐにわかるでしょう。

そしてこれに解説を加えた私の「『武士道』解題」の中で、声を大にして武士道精神を再評価しようと言っているのは、日本および日本人本来の精神的価値観を今一度明確に想起して欲しいと祈るような気持ちで切望しているからです。民族固有の歴史とは何か、伝統とは何かということを、もう一度真剣に考えてほしいのです。

文化の形成は、「伝統」と「進歩」という2つの概念を、いかに止揚(アウフヘーベン)すべきかという問題ですが、「進歩」を重視するあまり「伝統」を軽んずるような二者択一的な生き方は愚の骨頂だと思うのです。

最近の日本では、一般的に、物質的な面に傾いていると言われますが、その結果、皮相な「進歩」に目を奪われ、「伝統」や「文化」の重みを見失うことがあります。「伝統」という基盤があるからこそ、初めて「進歩」が積み上げられるのであり、伝統なくしては真の進歩など、あり得ないのです。

戦後、1946年、私は台湾人に生まれ変わるために日本を離れた後、「新日本」が大きく変わったことも承知しています。そしてその変化が、大きな進歩をもたらし、今日の世界第2の経済大国を造り上げる原動力のひとつになったことも、また否定できない厳然たる事実だと思っております。

しかし、そのために最も大切な「伝統」まで捨て去ってしまったら、それはもはや本来の意味における「進歩」ではあり得ないのではないでしょうか。

有史以来、日本の文化は大陸などから滔滔(とうとう)と流れ込む変化の大波の中で、驚異的な「進歩」を遂げ続けてきたわけですが、結局、それらの奔流に飲み込まれることもなく、日本独自の伝統を立派に築き上げてきました。

日本人には古来、そのような希有なる力と精神が備わっているのです。外来の文化を巧みに取り入れながら、自分にとってより便利で都合のいいものに作り変えていく―このような「新しい文化」の創り方というのは、私は一国の成長、発展という未来への道にとって、非常に大切なものだと思っているのです。

そして、こうした天賦の才に恵まれた日本人がそう簡単に「武士道の精神」や「大和魂」といった貴重な遺産や伝統を捨て去るはずはないと私は固く信じています。

では、日本文化とは何か?その結論を言わなければなりません。私は高い精神と美を尚(たっと)ぶ心の混合体が日本人の生活であると言わざるを得ません。【2006年9月17日付・産経新聞に掲載】
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# by fumonken | 2014-11-09 08:06 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

李登輝元総統「日本の教育と私」・・・多感な時期、人生観に強い影響

私は正式に日本教育を長期にわたって受けた他、家庭の事情や個人的要素が、また強く私の以後の人生観や哲学的思考、日本人観に影響を及ぼしました。1つは父の職業の関係で、公学校6年間に4回も転校し、その為、友達がなかなかできませんでした。1人の兄も故郷の祖母と暮らしていて、家では私1人だけでした。

この経験は多感な私をして、いささか内向的で我の強い人間にしてしまったようです。友達がいない代わりに本を読むことや、スケッチをすることによって時間を過ごすようになりました。

自我意識の目覚めが早い上に、この様な読書好きが、更に自我に固執することになり、強情を張って、母を泣かせたり、学校でも学友との争いや矛盾が起こったりする様になりました。激しい自我の目覚めに続いて、私の心の内に起こってきたのは「人間とは何か」、「我は誰だ」、或いは「人生はどうあるべきか」という自問自答でした。これは母がある時、私に「お前は情熱的で頑固過ぎるところがある。もう少し理性的になってみたら!」と諭してくれたことも関係していました。自分の心の内に沸き起こるものに対して、もっと自ら理性的に対処しようと考えたのです。

そのような少年にとって、古今東西の先哲の書物や言葉にふんだんに接する機会を与えてくれた日本の教育、教養システムほど素晴らしいものはありませんでした。禅に魅せられ、座禅に明け暮れたのもこの頃のことですし、岩波文庫などを通して東洋や西洋のあらゆる文学や哲学に接することができたのも、当時の日本の、教養を重視した教育環境の中に、そのような深い思索の場が用意されていたからであると信じています。

私は日本で最近何冊かの書物を出版しました。それが政治評論であれ、文化的なものであれ、殆どこの若き時代に得た考え方を繰り返し強調し、述べたものに過ぎません。この中で今、日本で一番に関心を持たれているのは新渡戸稲造先生が1900年に英文で出版した『武士道 -日本人の精神-』を解題して書き直したものです。

新渡戸先生との出会いの前にも、既に多くの先哲との出会いがあったわけです。そのうち、日本だけの例を挙げれば、私が自我に悩み、苦行しようと、禅によって自己修練に励んだ時に、鈴木大拙先生の「禅と日本文化」等の著作が非常に役に立ちました。臨済禅師の流れを継ぐ鈴木先生は、この東洋哲学としての禅思想を一早く欧米に紹介すると共に、日本文化に禅思想が深くかかわっていることを詳細に述べています。

懸命に鈴木先生の本を読み漁っているうちに、明治時代における日本精神のもう1人の体現者である西田幾多郎先生に出会いました。文学の方面では夏目漱石先生の偉大な思想的貢献を忘れてはなりません。明治44年頃、ロンドンからの帰国後における「私の個人主義」を中心とした創作が徐々に「則天去私」に移り変わる過程は本当に偉大な精神転換でした。【2006年9月16日付・産経新聞に掲載】
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# by fumonken | 2014-11-07 08:05 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

李登輝元総統「日本の教育と私」・・・新知識が儒家の呪縛を解いた

台湾総督府が1895年4月に開庁されましたが、その年の7月には今の士林という所に「国語学校」が開校されました。植民地統治を教育から始めたことは世界にも例のないことです。

日本による新しい教育を台湾に導入したことによって、伝統的な書房や私塾は次々と没落し、台湾人は公学校を通して新しい知識である博物・数学・歴史・地理・社会・物理・化学・体育・音楽等を吸収し、徐々に儒家や科挙の束縛から抜け出すことができました。そして世界の新知識や思潮を知るようになり、近代的国民意識が養成されました。

1925年には台北高等学校が成立し、台北帝国大学は28年に創立され、台湾人は大学に入る機会を得ました。直接内地である日本に赴き、大学に進学した人もいました。こうしたエリート教育の機構整備以前に、既に医学校・農業専門学校・商業・工業の職業学校が数多く設立されており、これによって台湾のエリートはますます増え、台湾社会の変化は日を追って速くなりました。

教育によって近代観念が台湾に導入された後、時間を守る、法を守る、金融貨幣・衛生・新しい経営観念が徐々に「新台湾人」を作り上げていきました。近代化社会に於ける近代化観念の影響の下、台湾人は新しい教育を受け、徐々に世界の新思潮と新観念が分かるようになりました。

20年頃になると、台湾人は西側の新思潮の影響を受け、各種各様の社会団体を作り、議会民主、政党政治、社会主義、共産主義、地方自治、選挙、自決独立など、様々な主張をし、『日本は台湾人に当然の権利を与えるべきである!』と要求しました。

そして台湾は日本の教育の下に、民主化の要求として、政治運動の拠点となる「文化協会」が台湾人の手によって初めて組織されたのは23年のことでした。

この年に私は台北の北部にあたる淡水郡の三芝庄に生まれました。日本の教育が私に与えた影響は、台湾の上述した様な環境と時代的意義があったと思います。【2006年9月15日付・産経新聞に掲載】
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# by fumonken | 2014-11-05 08:04 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

李登輝元総統「日本の教育と私」・・・培われた生命と魂救う考え方

ご来賓の皆様、こんにちは! ただ今ご紹介を受けました李登輝です。

この春に体調を崩し、5月に予定していた日本旅行を見送ることになり、皆様にもご心配をおかけしました。しかし、医師の指示に従って静養を続けたところ、ようやくここまで回復し、ここ東京で皆様にお会いすることができました。

念願の「奥の細道」を訪ねる夢は、体調の問題もあって今回は叶(かな)いませんが、今日は「日本の教育と私」をテーマに、「奥の細道」に見る日本精神についてお話し、これからの国造りに役立て頂ければと思います。

ご承知の方も多いと思いますが、1994年の春、歴史作家司馬遼太郎先生が『台湾紀行』の著作を終えて再度台湾を訪問なされました。その時、特に時間を作って私を訪れて、対談が行われました。

私はその時、家内に司馬先生との話はどんなテーマがいいかなと話したら、「台湾人に生まれた悲哀にしましょう」と言いました。400年以上の歴史を持つ台湾の人々は、自分の政府もなければ、自分の国というものを持っておらず、国の為に力を尽くすことさえもできない悲哀を持っているからです。

1923年に生まれた私は今年で満83歳になります。そして台湾人に生まれた悲哀を持ちつつも、その一方で、外国の人には味わえない別の経験を持っていることは否めません。それは、生涯の中で多種多様な教育を受けたことです。22歳までは日本の徹底した基本教育、戦後4年受けた中国の大学教育とアメリカ4年間の留学です。

中国の4年間にわたる大学教育も、結局は日本人の教授による日本教育の延長でした。アメリカにおける前後2回の留学は、職業的な面での教育でした。

台湾人に生まれた悲哀と言っても、このような多様な教育、特に日本の教育を受けていなければ、現在の私には、おのれの生命と魂を救う基本的な考え方は得られなかったと思います。日本という国の植民地でありながら、台湾は日本内地とは変わらない教育を与えられたが故に、非常に近代化した文明社会が作り上げられたのです。【2006年9月14日付・産経新聞に掲載】
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# by fumonken | 2014-11-03 08:01 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

台湾に行って

台湾の知人の僧侶の好意で、台湾のお寺に投宿させてもらった。そのお寺には数人の男僧、10人ほどの尼僧と10人ほどの信者が住んでいた。その信者は出家を志している人々らしい。

私がそのお寺に行くと、「阿弥陀婆(おみとふ)」と合掌して言って挨拶をしてくれた。阿弥陀婆とは阿弥陀仏のことである。私も「阿弥陀婆」と挨拶をした。

驚いたことに私が空港で帰りの便を待っているときも、台湾人の僧侶はもちろん、数人の一般の方も私を見て、「阿弥陀婆」と挨拶をしてくれた。
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# by fumonken | 2014-10-30 13:45 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

ナヴォイ劇場

ウズベキスタンに「ナヴォイ劇場」という中央アジアで最も格式高いと言われる劇場がある。大東亜戦争後、ソ連によって不法に抑留させられた旧日本軍の軍人・軍属は、強制労働として、ナヴォイ劇場の建設が課せられた。

抑留者は長時間の労働、半分腐ったような食事が出てくるなど劣悪な環境の中で、『日本に必ず帰って、もう一度桜を見よう。日本人の誇りを捨てるな』の合言葉のもと、妥協のない姿勢で一所懸命に働いた。
そして3年かかるとされたこの建設を2年で完成させたという。

あるウズベキスタンの母親が少年に「ほら、あの日本兵を見なさい。ソ連兵が見ていなくても一所懸命に働いているでしょう。あなたもそんな人間にならなくてはいけません」と言ったという。その少年が後のウズベキスタンのイスラム・カリモフ元大統領である。

ナヴォイ劇場には、日本人抑留者の功績をたたえ、記念のプレートが掲げられている。「日本人は恩人だ。決して捕虜と書くな」という大統領の強い思いで、「1945年から1946年にかけて極東から強制移送された数百名の日本国民が、このアリシェル・ナヴォイ―名称劇場の建設に参加し、その完成に貢献した。」と日本語で書かれているという。

実際に作業に関わった500人のうち、79人もの日本人が亡くなっている。その墓地にはウズベキスタンの人たちによって、桜の木が植えられている。
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# by fumonken | 2014-10-24 13:46 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

台湾に行って

先日、5日間、初めて台湾に行った。ようやく行くことができた。この感動はなかなか言葉にはできない。

普門軒に毎年、投宿される台湾人の投宿者がおり、その投宿者の親類には僧侶もいる。その親類も普門軒に何度か来られている。その二人はいつも、台湾に来てほしいと言ってくれた。私も合うたびに台湾に行きたい、行きたいと言っていたが、その思いがようやくかなった。

たったの5日間しか、台湾に過ごすことができなかったが、この感動は本当に言葉にはできない。

また台湾に行きたい。「謝謝台湾!」。
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# by fumonken | 2014-10-20 13:10 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

divertissement

フランス語に「divertissement」という言葉があります。

1.娯楽、楽しみ、余興、幕間、アトラクション
という意味だ。しかしこの「divertissement」にはもう一つの興味深い意味がある。

2.気分転換、気晴らし、【古】(重要な問題から)関心をそらせること
もともとの語源として「divertissement」には、(重要な問題から)関心をそらせることという意味があるというのだ。

私たちは「ゆとり教育」という言葉に代表されるように、娯楽や余暇を持つことを是としているが、その余暇(ゆとり)には、同時に(重要な問題から)関心をそらせることという意味があることも覚えておきたい。

特に現代は、「divertissement」の言葉の意味の通り、娯楽、余興によって(重要な問題から)関心をそらせれてはいないであろうか。

ちなみに近代以前の日本には、いわゆる日曜日のような安息日というものはなかった。
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# by fumonken | 2014-10-16 14:46 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

禅は「治す」修行

ちまたに「自分を変える方法」とか「自分を変えたいためには」などの文言をよくみかけるようになって、久しい。

しかし禅は違う。禅は「自分を変える」のではなく、「自分を治す」のである。

禅には、理想はない。禅にあるのは本来だ。ちまたでみる本やセミナーは理想的な姿に自分を変得ていかなくてはなれないのかもしれない。しかし禅は本来の姿に治すのである。それが禅の修行だ。
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# by fumonken | 2014-09-18 20:41 | 禅・仏教について | Comments(0)

「大人」とは

「大人」。オトナ、日本人なら誰でも読むことができる。もちろん意味もわかる。今、我々は二十歳になると自動的に「大人」になるのである。しかし仏教において「大人」になるというのは、そのようにはいかない。そもそも意味が違う。

仏教にも「大人」という言葉はダイニンとよむ。「大人」とは、人として成熟している人、本来の自分に目覚めた人、本来の自分を素直に受け入れられた人。こう言った意味に当たる。

御釈迦様は「大人」になるためには8つの修行があるとおっしゃった。
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# by fumonken | 2014-09-17 13:29 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

「鮮明な冬」   高村光太郎

「鮮明な冬」   高村光太郎

黒船以来の総決算の時が来た 民族の育ちが それを可能にした

長い間こづきまわされながら なめられながら しぼられながら

仮装舞踏会まであえてしながら 彼らに学び得るかぎりを学び

彼らの力を隅から隅まで測量し 彼らのえげつなさを満喫したのだ

今こそ古にかへり 源にさかのぼり 一瀉千里の奔流となり得る日が来た

われら民族の此の世に在るいわれが はじめて人の目に形となるのだ

ひよどりが鳴いている 冬である 山茶花が散っている 冬である

だが昨日は遠い昔であり 天然までが我にかえった鮮明な冬である
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# by fumonken | 2014-09-08 20:14 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

六十九年目の終戦記念日

今日は六十九回目の終戦記念日となる。六十九年前、三年半にわたる対米戦争をしていたとは、なかなか想像もつかないくらい年月が経った。戦争に行った人、銃後を護った人。戦争経験者も随分と少なくなった。昨年は「永遠の0」という大東亜戦争をあつかった映画が、近年の映画の中でも突出した成績を記録しており、年代を選ばない映画であったことも特徴的だったという。この映画や小説を通して、大東亜戦争の一面を知った若い世代が多かったという。

私は今年四十二歳で、もちろん大東亜戦争の経験はない。祖父は2人とも明治生まれで当時三十歳後半だったので、直接、戦地に赴いてはいない。

母方の祖父に八月十五日のことを聞いたことがある。戦地には赴いておらず、田舎で、直接、空襲という大きな戦争被害を受けていないので、祖父の終戦の日の話には、私たちが学校で受けてきた、悲惨な戦場のイメージはない。八月十五日、それは暑い日だったようである。私の祖父は防空壕を掘っていると、村の人が「まあ戦争が終るで、防空壕をほらんでいいよ」と言われたそうである。その正午、はじめて玉音放送を通して天皇陛下のお声を聞きいた。録音、音響が悪く、音声はよぼよぼで、ところどころは理解できるが、しっかりとその内容はわからなかったという。日本が負けた、つまり敗戦だとは思わなかった。ただ戦争は終わったのだと言うことはわかったそうである。「やれやれ、これでもう空襲もない」「もう死なないですむ。ありがたいことだ」。私の祖父は思ったそうだ。

戦争が終わって一番はじめにやりたかったことは何かと聞くと、「子供たちを川で思う存分遊ばせてやりたかった」と祖父は言った。
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# by fumonken | 2014-08-15 08:35 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

気と禅

修行でも仕事でも「やらされる」と思っている間を、「気が無い」という。

「気が無い」状態から脱する方法として、禅の修行では「言われたことをすぐにやる」「いいわけはしない」を徹底する。もちろん理屈にあわないことも言われるし、時に感情的な怒号も飛ぶし、理不尽なことなど山のようにある。しかし、考える前に「言われたことをすぐにやる」、正当な理由があろうとも「いいわけはしない」。禅の修行ではこれに徹しなくてはならない。

そんな「言われたことをすぐにやる」「いいわけはしない」修行に半年も徹していくと、言われる前にさっと動いて気が利き、周りの状況に対して気が回り、少しずつ、少しずつ「気が付く」のである。

さらに「言われたことをすぐにやる」「いいわけはしない」修行を続けていくと、個人差はあれど、誰でも「気を遣う」ことができるようになる。

確かに気が進まなかったり、気が抜ける時もある。しかし禅の修行にはそんなことも織り込み済みで、ちゃんと気を休めたり、気を紛らわす時間も取られている。やる時は徹底してやり、休み時は徹底して休む。そうすれば気も晴れるのである。

よーし、私もようやく「気を遣う」ことができるようになったと言って、禅の修行は終わりだと思ってはならない。さらに「言われたことをすぐにやる」「いいわけはしない」修行を重ねていかなくていくことで、何を言われても、心がさっと働き、どんな場合でも平常心でいられる。そんな「気にならない」己をつかむことができるのである。これが禅の境地である。
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# by fumonken | 2014-08-07 07:56 | 禅の暮らし | Comments(0)

気と心

元来、東洋では、「理」が万有を支配する原理であるのに対して、万物を形成する元素を「気」という。

そして「心」が精神活動を行う本体的なものであるに対して、「気」はその「心」の状態・反応など現象として表れたと見る。「気は心」という言葉も、表面的な「気」の働きは、本体としての「心」の表れであるという考え方に基づくのだ。
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# by fumonken | 2014-08-03 17:53 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

なぜ靴下のなのか

私は靴下を履かないが、なぜ靴の中なのに「靴下」と翻訳したのか。調べてみると、衣服に関しては単に垂直方向の上下だけではなく、むしろ体の中心に向かって近い方が下で、遠い方が上となるようだ。下着と上着でわかるとおりである。下には、内側という意味もあるらしい。だから靴下でも言葉として間違いではないということだ。
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# by fumonken | 2014-07-30 10:25 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

来たときよりも美しく

「来たときよりも美しく」と小学校の遠足の時に、先生から言われたことを今でも覚えている。

ワールドカップの試合後、日本人のサポーターがゴミ拾いをしている姿が、地元ブラジルのメディアで報じられ、話題になったという。そしてブラジル・リオデジャネイロの州政府は、「すばらしい行為だ」と表彰することを決定したそうだ。

これは行為というのか、活動というのか、習慣、習性か。

やはり教育というのは大切で、また何を教えてるのかということは更に大切である。
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# by fumonken | 2014-07-12 20:56 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

坐禅について

禅の暮らし、日本の暮らしをしたければ、何よりも庭を持たなくてはならい。大きくなくても構わないが、せめて六畳分くらいの大きさはほしい。地面のうえ、下草が生え、木が植わっていて、小石があり、石が据えられている。ライトアップなんか必要ない。静かであれば尚いい。

その庭の木はひたすら植わったまま。石はひたすら据えられたまま。あれやこれや為そうとしない。そんなに和の前で己は坐禅をする。目の前の庭の木や石と同じように、己はただひたすらに坐ったまま。あれやこれや為そうとしない。己の中の自然がもどってくる。

そのためにも、何よりも庭を持たなくてはならない。
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# by fumonken | 2014-07-11 06:16 | 禅・仏教について | Comments(0)

思想と思考

思想と思考という言葉があるが、どう違うのか。

「思想」は人生・社会・政治などに対する一定の考え。
「思考」は直観・経験・知識などをもとに,あれこれと思いめぐらすこと。

こう辞書では書いてある。思想は明治の言葉で、つまり西洋の言葉を訳した和製漢語である。思考もそうだと思われる。もともと思考にあたる日本語は「思惟」で、思いはからうこと。考えること。分別することである。もともと仏教の言葉である。

「思惟」は空の思想が発展すると「一切の思惟分別を断ずる、これを正思惟となづく」などといい、禅においては真実は無智、無分別、無思惟のところで得られるというのである。

「人間は考える葦」と言う言葉があるが、全く違う「思想」をもっている。
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# by fumonken | 2014-07-07 19:43 | 禅・仏教について | Comments(2)

フランス語の数字の数え方

フランス語の数字の言い方が非常におもしろい。

例えば、26だったら「20、6」と言う。同じように55だったら「50、5」と言う。69までは日本語同じように数える。

しかし70からおもしろい。

70の場合は「60、10」と言うのである。そして76までは「60、17」というのだが、77、78、79の場合は「60、10、7」、「60、10、8」、「60、10、9」と言うのである。

80から99までがさらにおもしろい。

80をなんと「4、20」と言う。4×20=80だからであろうか。よって86の場合は「4、20、6」と言い、96の場合は「4、20、15」というのである。

そして97、98、99の場合は「4、20、10、7」、「4、20、10、9」、「4、20、10、9」、と言うのである。

つまり70、80、90という言葉がないのである。

しかし、同じフランス語を使う、スイスやベルギーでは70以降の数字の読み方は、71だったら、「70、1」とか、86だったら「80、6」といい、それぞれ70、80、90という言葉がある。

同様に同じラテン語系のスペイン語、イタリア語は70以降も70、80、90という言葉がある。
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# by fumonken | 2014-06-23 20:37 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

禅の暮らし

師匠の寺で数年暮らしたアメリカ人が10年ぶりにお越しになった。私ははじめてお会いする方だったが、いろいろなことを語り合った。彼は今、アメリカでユダヤ教のラバイをしている。ラバイとは仏教で言うところの和尚である。

彼は久しぶりの禅寺の生活に、ここは私にとって、エデンの園のようなものだといった。禅の暮らしとはどのようなものか尋ねると、

禅寺の暮らしは、生活と哲学の境がなく、体と心の境がなく、自然と人間の境がないといった。
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# by fumonken | 2014-06-14 19:48 | 禅の暮らし | Comments(0)

日本という国の一面

知人に教えていただいた文章を紹介する。これはベンゲル元名古屋グランパス監督の言葉だ。

『日本人はヨーロッパを美しく誤解している。しかし実際のヨーロッパは全然違う。日本が東京のような大都会とすれば、ヨーロッパはアフリカのサバンナのようなところだ。治安が悪いのはもちろんのこと、日本人と比較すればヨーロッパ人の民度は恐ろしく低く、日本では当たり前に通用する善意や思いやりは全く通じない。隙あらばだまそうとする奴ばかりだ。

日本と違い階級社会である為、会話の全く通じない無知な愚か者も多い。私は、時々、欧州事情に疎い日本人が欧州に行ったら、精神に異常を来たしてしまうのではないか?と心配することがよくある。

欧州について何も知らない日本人が欧州に移り住むというのは、都会の快適な場所に住んでいる人間を、ライオンがうようよいるアフリカのサバンナに丸裸で放り込むのと変わらないだろう。悲惨な結果になるのは目に見えている。

日本ほど素晴らしい国は、世界中のどこにもないだろう。これは私の確信であり事実だ。

問題は、日本の素晴らしさ・突出したレベルの高さについて、日本人自身が全くわかっていない事だ。おかしな話だが、日本人は本気で、日本はダメな国と思っている。最初は冗談で言っているのかと思ったが、本気とわかって心底驚いた記憶がある。信じられるかい?こんな理想的な素晴らしい国を築いたというのに、誇ることすらしない。 本当に奇妙な人達だ。

しかし我々欧州の人間から見ると、日本の現実は奇跡にしか思えないのである。だから、私はいつも、欧州に行きたいという選手がいたら、よく考えて決めるべきとアドバイスしている。日本でレベルアップできるなら、日本より(国の発展が)遅れている欧州諸国に行く必要は全く無い。欧州では人種差別もあるので、力があっても出場すらさせてもらえないかもしれない。リスクが大きすぎるのだ。

日本のリーグのレベルを上げる事の方を、安易な欧州進出よりも優先すべきである。もしどうしても行きたければ、ドイツのような人種差別意識の低い国のリーグか、ビッグリーグよりレベルの少し落ちる国のリーグに行って、実績を積んでから、ビッグリーグに移籍すべきだ。 』
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# by fumonken | 2014-06-12 12:36 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

「幸せ」とは

今日は憲法記念日である。日本国憲法第13条の条文は一般に「幸福追求権」とよばている。私は憲法学者ではないので、細かいことをつっこまないでいただきたい。

この日本国憲法では、幸福は「追求するもの」とだとらえている。それ故どうかはわからないが、多くの人は「幸せになりたい」といって幸福を求める。

禅には「日々是好日」という言葉がある。この語を文字通りに解釈すれば「毎日が平穏無事である」という意味であるが、単に毎日が好日(=幸福)であるでは禅的解釈にはならない。多くの人は「今日も一日、好い日(=幸福)でありますように」と無事を願うが、願うからこそ幸福にはなれないというのである。願った幸福にならないから、人はいらだち、怒り、憎しみを抱き、幸福とはよほど離れたものに陥る。

自然をみれば、毎日がいい天気の日ばかりではない。雨の日もあれ、風の日もある。われわれの人生もいっしょで、様々な問題が起き、悩ませられることばかりであるが、悩まされるから、いい日もある。いい日もあるから問題も起きる。それをそれとして受け入れる。とらわれない。

幸福を追求するよりもむしろ、幸福にとらわれない心境を得ることが、実は本当の好日(=幸福)であると、禅ではいうのである。「幸福追求権」とは全く以て真逆である。
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# by fumonken | 2014-05-03 09:02 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

虫たちが鳴き始めました

暖かくなりました。今夜は虫の音が聞こえました。すっかり春です。
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# by fumonken | 2014-04-30 21:10 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

昭和の日

今日は昭和の日です。日本の歴史は他の国々と比べると非常に長いので、それぞれの時代に、いろいろな大きな変革があり、これまで2000年近く一つの国として続いてきました。その中でも昭和は日本の歴史にとって大切な時代の一つです。

今年、昭和2年生まれの方が満87歳になります。昭和も遠くなりにけりですね。
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# by fumonken | 2014-04-29 21:41 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

「自然」とは

明治時代、西洋の言葉をたくさん訳しました。その作業たるや、日本の近代化に非常に役立ったことは言うまでも有りません。しかし同時に、大きな間違いをしてしまった訳語がいくつかあります。その一つがnatureです。

英和辞典を引いてみて下さい。私たちは今、natureを「自然」と訳します。言い換えるとnatureの意味として「自然」という漢字を当てています。

仏教学者の鈴木大拙はこのnatureに対して「自然」という字を採用したことを、
「これがわれらをして、東洋的思想の中で最も大切で根本的なものを忘れ去らしめた事由となったのである」
と言っておられます。

東洋的思想の中で最も大切で根本的なものが「自然」という概念であると言っておるのです。

では「自然」とはどういう意味なのか。

「この「自然」とは「自ら然る」の義で、仏教者のいう「自然法爾(じねんほうに)」である。他から何らの拘束も受けず、自分本具のものをそのままにしておく、あるいはそのままで働くの義である。(中略)「自然」には相対性はない、また客観的でない。むしろ主体的で絶対性をもっている。「自己本来に然り」という考えの中には、それに対峙して考えられるものはない。自他を離れて自体的、主体的なるもの、これを「自然」というのである。
西洋のnatureは二元的で「人」と対峙する、相剋する、どちらかが勝たなくてはならぬ。東洋の「自然」は「人」を入れておる。離れるのは「人」の方からである。「自然」にそむくから、自ら倒れて行く。『日本再発見』より

少々長く引用しましたが。おわかりなりましたか。
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# by fumonken | 2014-04-19 20:09 | 禅・仏教について | Comments(0)

力とは

人間力、直感力、発想力、交渉力、営業力など、とかく何々力などといったことが求められる今日この頃です。でも「力」とは他に対して誇示するものではなく、己の内に秘めるものと思います。本来何々力なんてものはありません。それはまやかしと言ってもいいでしょう。力とは自分を信じる力のことです。自分を信じる力は、継続によって、培われていくものです。
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# by fumonken | 2014-04-15 21:36 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

ご結婚おめでとう

○○さんへ

京都の普門軒です。ご無沙汰しております。この度はご結婚おめでとうございます。式の方はいかがでしたか。当分□□の方にいるんですか。□□の桜はもう見頃は過ぎたでしょうか。

さて結婚の時、つまり晴れやかなときには多くの友達、知人が集まってくれます。でも本当の信頼できる人というのは、苦難になったときに集まってくれる人のことです。そういう人を一人でも多く、作って下さい。また○○さん自身も、相手に対してそういう人になって下さい。それにもっとも必要なことは「信」の道です。

「信」とは人+言で、約束をまもること。つまり言うこととすることを同じくすることです。これを言行一致といい、これは禅のもっとも大切にするところです。つまり「信」とは言行一致の精進の上に成り立つのです。

言行一致の精進をして始めて人に用いられるようになります。これを「信用」といいます。信用されてさらに精進することで、人に頼られるようになります。これを「信頼」といいます。さらに言行一致の精進を積み重ねると、人に任されるようになります。これを「信任」といいます。

どうぞ、お互いのことを信じてください。同時に信じてもらえるように精進して下さい。われわれの人生とは「信」の道なんです。この「信」の道をあゆむことで、気づけば、自らを信じることができるようになるんです。これを「自信」というんです。
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# by fumonken | 2014-04-09 11:59 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

とんち話

とんち話というと、

「そもんさん!」

「せっぱ!」

と言いますが、これは
「作麼生(そもさん)」=問題を出すぞ!
「説破(せっぱ)」=答えてみせよう!


と言う意味です。「作麼生」は宋代の俗語だと言うことです。


とんちは頓智と書きます。頓は「すぐに、即座に、急に」と言う意味で、智は仏教の言葉「智慧」のことで、真理を見極める認識力という意味です。

難しく言うと、頓智とは「その場に応じて即座に対応できる、認識力」といえます。

これは何ににもとらわれていないからこそ、即座に対応できる。これこそ禅の真髄です。「無我」や「無心」といってもいいでしょう。
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# by fumonken | 2014-03-25 15:26 | 禅・仏教について | Comments(1)