普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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実は市長選がありました

二月十七日の日曜日。市長選がありました。結果は自民・民主・公明・社民の相乗り候補が共産候補に九百票あまりの差で当選しました。百万都市が九百票の差です。ちなみに投票率は三十七%位であったようです。ここでは市長選、知事選ともにいつも非共産対共産の争いなのですが、今回は四人の候補者が出ていました。非共産、共産、無所属が二人。

若い無所属の候補が出馬したのですが、市長選は全く話題性もなく、このような結果になってしまいました。非常に残念です。
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# by fumonken | 2008-02-19 19:18 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

しかしよく降ります

しかしよく降ります。毎日のように雪が降ります。おかげで作務もできません。室内の掃除の日々です。でも季節や天気によって左右される暮らしはいいものです。予定は狂いますが、人間らしい暮らしができます。日もずいぶんと長くなってきました。後一月もすればお彼岸です。寒さ暑さも彼岸までとはよく言ったものです。本当にすてきな日々を過ごさせて頂いております。
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# by fumonken | 2008-02-18 18:09 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

おばあちゃんの声を聞いて

今月の週末から檀家さんのお宅に伺って、あいさつ回りをさせて頂いています。今日は遠出の檀家さんで移動時間の計算が甘く1時間近く遅れてしまい、待たせてしまった檀家山はかなりご立腹。えらい勢いで叱責をいただいてしまいました。いままでかなり順調にあいさつ回りをしてこられたので、かなり憂鬱な帰路となりました。

夜、お寺に帰ってきて、今日のまとめをしているとき、電話がかかってきました。「あちゃー、これはまたクレームかな?」と受話器をとると、その声は大好きなおばあちゃんの声でした。いやー、救われました。いままでの憂鬱な気分がいっぺんに飛びました。卒寿をこえたおばあちゃんの声です。優しい、何でも受け止めてくれる観音様の声です。

おばあちゃん、ありがとう。
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# by fumonken | 2008-02-16 21:03 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

すっかり一面銀世界

昨日の晩から降り続けた雪は、今朝、あたりを一面の銀世界に変えていました。近所の人も久しぶりだとおっしゃっていました。つららも久しぶりに見ました。
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# by fumonken | 2008-02-13 18:37 | 日課抄・歳時記 | Comments(1)

旗日なのに…その二

旗日の話。「旗日」という言葉自体を知らない若者も多いんじゃないでしょうか。私が昨日まちを散歩した時だけでも、日の丸を揚げていた家庭は一割はおろか、0.001%くらいではないでしょうか。あげているのは公共施設とタクシーくらいです。

日の丸というと大東亜戦争時を思い出してと、思いがちですが、戦後も旗日はあり、祝日になると各家庭でも日の丸を揚げていました。結局、敗戦後の日本の生きる道を決めた方針が、知らぬ間に現在の状況に至ってしまったのかと、虚しい思いに成ってしまいます。

これは祝日に日の丸を揚げるという習慣だけでなく、日本家屋に住まなくなったり、着物を着なくなったり(というより着ることができないと言った方がいいかもといった、親を思う心、隣近所に気遣う心、日本人としての暮らし方や心そのものが受け継がれていない。伝統という樹木の幹の芯から、戦後の日本復興の方針がズレていた結果、六十年過ぎてあらためて眺めてみると、日本という樹木はずいぶんと醜い方向に曲がってしまっていたということではないでしょうか。
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# by fumonken | 2008-02-12 13:53 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

旗日なのに…その一

今日、二月十一日は日本にとって大切な日。「建国記念の日」です。意外に知らない方が多いのですが、「建国記念日」ではなく「建国記念の日」というのが正式名称です。これには戦後の政治的な経緯もあって「の」を入れたそうですが。

建国記念の日は、戦前の「紀元節」。紀元節は、『日本書紀』が伝える神武天皇が即位した日に基づき、紀元の始まりを祝う祝日として、1872年(明治五年)に制定されたそうです。この紀元節は、大東亜戦争後、GHQの圧力により1948年(昭和二十三年)に廃止されたそうです。

私の小さい頃、昭和の四十年代から五十年代でも、旗日と言うことはありました。日の丸も各家庭の門や玄関に飾ってあったのをよく覚えています。でも最近、日の丸を揚げている家庭がものすごく減ってきているように感じています。
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# by fumonken | 2008-02-11 21:44 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

コケと水仙の移植

昨日から畑作りを開始しました。裏の庭を開墾して畑にしようと思っています。その前にコケが生えていたので、それを表の庭に移植しました。ついでに水仙も移植し、ちょっと雰囲気が変わってきました。少しずつ禅寺らしい境内にしていこうと思っております。
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# by fumonken | 2008-02-07 09:00 | 作務 | Comments(0)

日本人の証

私の百姓の友人からブログにコメントをいただきました。私が天神さんで「トキワマンサク」を買ってきて庭木に受けたブログに対してです。

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季節ごとにその時季を教えてくれる花はいいですね。自然の状態であれば尚のことです。私は花壇に咲く花は嫌いでして、野に咲く花、山に咲く花が好きです。当然在来のものに限ります。舶来品にはどうも魅力を感じません。やはり日本の風土にはそぐわないんですね。
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里山のある農村地帯はいいもんですね。そこら中に自然があり、自然が自然の状態である。うらやましいです。町ではそうはいきませんね。しかしながら庭木を植えたり、花を生けたり、またふすま絵や掛け軸に自然を描いたりする。自然とともに暮らすという文化はあります。でも花や庭木だけ飾っていれば、自然とともに暮らしていると思ったら大間違えです。初物など季節のものをいただいたり、夏の暑さ、冬の寒さを感じる、風の音や虫の音の聞いたり、草木や雨上がりのにおいがかげる。視覚以外の五感で自然を感じ、お日さんの時間にあわせて暮らすということも、自然とともに暮らしているといえる重要な要素です。

日本人が日本人であると外国人に対していえる証拠は自然と一体に生きている、暮らしているかどうかと言う事ではないかと、坊さんの世界に入り、これは真なりと痛感しております。みなさんはいかがお感じでしょうか。
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# by fumonken | 2008-02-06 22:14 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

立春…ちょっと遅れましたが

2月4日は立春。暦の上ではもう春です。立春の前日は節分です。節分の行事は各地にあります。春が来たことに感謝するわけです。立春から数えて八十八日目を八十八夜(五月二日頃)といい、遅霜が発生する時期で、農家に対して特に注意を喚起するためにこの雑節が作られたそうです。立春以降初めて吹く南よりの強風を春一番と呼ぶわけですが、今年はまだのようです。

禅寺では、立春の早朝、山門に「立春大吉」と書いた紙を貼る習慣があるということを知って(僧堂ではそういう習慣はないのですが)、普門軒でも張りました。
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# by fumonken | 2008-02-05 08:49 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

炭作りその三

一斗缶に入れておいた炭は午後には炭として使えます。ただし消し炭なのであまり時間は持ちませんが、大量に竹はあるので、毎日つくって、その夜はその炭で暖をとる。これはいい修行になる。というわけです。消し炭はすぐに火がつくので、ガスで日をつける時間も短時間で棲みます。

火鉢なら、餅も焼けるし、パンも焼ける。お湯もわくし、煮物もできる。
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# by fumonken | 2008-02-04 14:06 | 作務 | Comments(0)

炭作りその二

ここにはおかげさまで竹林があります。竹は一番やっかいな孟宗竹(もうそうだけ)ですが。タケノコは4月頃に地下茎から発芽します。肉厚なので繊細な細工物の素材としては向いていませんが、花器、ざる、かご、すだれ、箸の他、鉄製品やプラスチック製品が普及するまでは建築材料、農業資材、漁業資材などとして利用されていたそうです。しかも竹炭に適しているので、これはありがたい。

乾燥させて竹を燃やして、炭になったら一斗缶の中に入れて、空気を遮断し、それ以上燃焼しないようにしていおきます。
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# by fumonken | 2008-02-03 22:14 | 作務 | Comments(0)

炭作りその1

年をあけてから寒い日が続きます。普門軒も相当に寒いです。とうとう部家にも火鉢を二つおくことにしました。それでも建物が傾いているせいで、隙間があるので、まだまだ寒いですが。灯油もかなり高いと言うことですが、。炭も高いです。特に、火鉢用の炭は長持ちさせるため、ゆっくり時間をかけて炭にしています。その分手間がかかっていて、値段も張るわけです。

ここではそんな燃料代もないので、工務店でもらってきた廃材や竹を燃やし炭を作っています。炭と言っても正確には消し炭です。
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# by fumonken | 2008-02-02 09:53 | 作務 | Comments(0)

二月の床飾り

二月十五日はお釈迦様の亡くなられた日です。「涅槃会」(ねはんえ)といいます。今から約二五〇〇年前お釈迦さまが八十年のご生涯を閉じられた日です。臨済宗のお寺では、本堂に「涅槃図」を掲げ、法要を行ないます。普門軒でも床に涅槃図を掲げ、二月の床としました。お釈迦様の周りに弟子たちだけでなく、仏さんや動物たちまで集まってきています。
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# by fumonken | 2008-02-01 21:52 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

今日は大四九

今日は晦日で、お寺では大四九(おおしく)です。四九日の特別版。毎月十四日と晦日を大四九と言います。僧堂では大四九の日は朝課(朝のお勤め)は「寝忘れ」です。寝忘れとは朝課はお休みという意味です。いつもより一時間ほど長く眠れます。私もここでは大四九は寝忘れにしています。いやーうれしいです。他に寝忘れの日は大きな行事の朝などもあります。といっても月に多くても四日くらいです。

他にも僧堂では大四九の日には楽しみがあります。これは次回の大四九の日に。
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# by fumonken | 2008-01-31 18:02 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

火除けのおまじない

さて、寒中(小寒一月五日ごろから節分二月三日ごろまで)にすることに、「一升瓶に水を入れる」と言うことがあります。これは檀家さんに聞いたことです。寒中の間に一升瓶に水を入れると火除けのおまじないになるそうです。寒中にするというのがミソ。寒中にすると虫もわかず、一年たってもきれいな水のままなのだそうです。そしてまた一年たったら同じことをする。私はこの月末に準備しましたが、来年からは寒の入りにこれをしようとおもいます。みなさんもいかがですが。まだ間に合いますよ。

お寺の典座(てんぞ:台所)も消化器から一升瓶に変わりました。
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# by fumonken | 2008-01-30 17:37 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

寒中にすること

二十四節気。最近のではほとんど気にかけない暮らしになってしました。といってもここ四十年ほどにこうなってしまったのですが。一月五日ごろ二十四節気で小寒(しょうかん)といいます。この日を「寒の入り」、この日から節分(立春の前日)までを「寒(かん。寒中・寒の内とも)」と言い、冬の寒さが一番厳しい時期となるんですね。

これが最近暦を調べてわかったことなのですが、日本ではこの日から寒中見舞いを出し始めたそうです。年賀状の返事や、節分などの行事の参加依頼など、季節の行事への参加依頼なども行われたと言います。お寺一月一日から三日まで、大般若の祈祷をし、(僧堂では今もそうですが)一月四日札配りにまわっていたことをブログに書きました。これは寒中見舞いを同じ日取りとわかり感動しています。

そして本題、寒中にすることですが…。一升瓶に水を入れます。さてこれはどういう意味でしょう。明日書きます。
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# by fumonken | 2008-01-29 16:16 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

いやー、力強い

昨日、友人のところで鍋をしに行きました。友人は京都の山奥に住んでいます。一応市内ですが。その友人の力強さといったら禅宗坊主も顔負けです。

調理はお手製の釜を使っています。一斗缶とブロックを使って薪をくべて調理しています。炭もちゃんと火鉢や七輪などに利用しています。ガスコンロなんか使って楽をしている自分が恥ずかしくなりました。負けちゃいられません。

鍋料理はもちろんおいしかったです。
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# by fumonken | 2008-01-28 19:12 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

一月の床飾り

みなさん、床飾りを楽しんでいますか。遅くなりましたが、正月の床飾りをアップしました。禅寺らしく軸はダルマさんにしました。お花はボケと千両とキリです。中央には鏡餅。三宝に三方向に半紙を敷いて、昆布とウラジロ、餅、串柿そしてダイダイ(がないのでミカン)。大切な大切な日の丸の額も飾りました。鏡餅の前には香炉を置きました。禅寺らしくあまり派手ではなくおさめました。

現代は日本に住んでいながら、床の間のない家に住んでいる遊牧民ジャパニーズが多く、非常にかわいそうな思いがします。まだ自分の家をもっていない若い若い「これから日本人」のみなさん、是非、日本人らしく、日本家屋に住み、日本人としての生活を選択することを切に望みます。今ならまだ間に合います。

季節と自然と暮らす日本人の暮らし方。これは日本が世界に誇ることのできる文化です。日本人が日本人たる証がそこにはあります。それはすぐにはわからないかもしれませんが、少しずつわかってくると思います。
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# by fumonken | 2008-01-27 20:54 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

夜具入れ

下の写真は夜具入れといいます。六十歳以下の人だと「やぐ」といわれてもピンとこないと思います。「夜具」つまり布団のことです。

押入におれるのが一般的ですが、このように半畳しか空間がとれないときなど、夜具入れが用いられることがあります。これは押入のように建てつけられていないので、移動することができます。和箪笥のように杉や桐の木など軽い材を使っていますので、簡単に運べます。下の引き出しにはシーツなどを入れるようです。
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# by fumonken | 2008-01-26 17:29 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

今日は天神さん

京都では毎月二十五日は「天神さん」の日です。天神さんとは北野天満宮の骨董市のことです。正式には二十五日祭といい、菅原道真公の命日に当たります。ちなみに祥月命日は二月二十五日です。その日は天神さんではウメが見頃になってくるわけです。

私は無類の古い物好きで骨董市で生活する道具を集めてるくらいです。でも坊さんになってからこれまでと行く店が変わってきました。これまでは道具や着物の店が多かったですが、今は道具も仏具や茶碗、お椀などにも目を配ります。そして庭木の苗屋さんにも足を運ぶようになりました。今日も「トキワマンサク」を買いました。マンサクは茶花としても好まれています。普通、黄色の花をつける落葉樹なのですが、このトキワマンサクは薄紅色の花をつけ、しかも年に二回も咲きます。さらにマンサクは常緑樹で秋には紅葉もします。店の主人是非こっちにした方がいいと言われ、トキワの方を買いました。十年もすればそれなりの木に成ってくれることと思います。さーどこに植えようかな。
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# by fumonken | 2008-01-25 12:35 | 日課抄・歳時記 | Comments(1)

これは寒い

いやー、これは寒い。雪、雪、雪。このところの寒波で普門軒の寒さときたらえらいことです。さすがに六歳以下、七十歳以上の規定をもう解除する羽目になってしまいました。ストーブの解禁です。さすがに火鉢と櫓炬燵だけでは過ごせません。何もできなくなってしまいます。

でも昼は薪を燃やし、それを炭にして火鉢にいれて暖をとっています。薪は親しくしていただいている工務店さんからいただいています。それを燃やしているわけです。でも燃やしただけではちゃんとした炭にならないので、これから竹炭をつくるのに挑戦しようと思っています。いやー今は便利です。ネットがあるので、作り方も調べられます。早速、この寒波が去ってから作ろうと思います。
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# by fumonken | 2008-01-24 18:42 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

最近、昭和三十年代が…

最近、昭和三十年代が雑誌、テレビ、映画等で取り上げられる機会が多いように思います。とてもよい兆候だと思っています。昭和三十年代を中心に考えてみると、今から約五十年前。昭和三十年代から五十年さかのぼると明治末期から大正時代。終戦後からわずか十年足らず。現代より戦前の方が近いんです。つまり、今多くの人から懐かしがられている昭和三十年代とは、戦前が色濃く残る時代なんですね。

誤解しないでください。戦前と戦時中とは全く違うんです。今われわれ、戦後民主主義教育を受けさせられてしまったジャパニーズは「戦前はずーっと戦争をしている時代」と思っています。でもこれは全く事実と違います。これはGHQの戦後の教育方針である自虐教育を、今だに文科省や日教組が受け継いでいるからなんです。

ちょっと話がずれました。ようするに昭和三十年代ブームとは日本人が日本人らしく暮らしたいという本能的な回帰だと私は思っています。田舎暮らし、古民家暮らし、町家暮らしのブーム、そしてスローライフ。民主主義、個人主義、能力主義、経済主義…。西洋人であるジャパニーズとして生きることに疲れた人たちの日本人回帰の動きだと思っています。別に人口の1%の人たちだけでもかまいません。心ある人は日本人として、一歩、前に踏み出してください。早くしないと、「元から日本人」である戦前を知っている人がいなくなってしまいす。
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# by fumonken | 2008-01-23 21:23 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

そうだ 恐都、行こう。

「そうだ 京都、行こう。」有名なJR東海のコピーですね。きれいな京都の名所、旧跡、風景がたくさん出てきます。でも本当は京都ってかなり痛みが激しくなってきているんです。このままにしていては恐ろしいことになってしまうそんな京都、つまり恐都の風景を紹介することによって、たくさんの人に京都の、そして日本の現状を知ってほしいと思っています。

下の写真は四条西洞院です。いわゆる洛中。今、京都では非文化建築物マンションの建設ラッシュ、景観条例が強化されたため、マンションの建て逃げ業者が増加。中心地は壊滅状態。京都の中心地はおそらく、日本家屋の並んでいた文化的景観は戻らないと思います。たった三十年でここまで崩れていきました。悲しいですよね。悲しいと思った人。あなたはマンションに住んでいませんか? だめですよ。人ごとだと思ってはだめです。あんな非文化建築物に住んではだめです。
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# by fumonken | 2008-01-22 17:23 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

うぉー、囲炉裏のあとがー!

なんと囲炉裏の後が出てきました。ここにブロックか、煉瓦を積んで囲炉裏を作っていこうと思います。材木は工務店さんに廃材をもらうことにして、(貧乏寺なので)できるだけお金をかけずに作っていきます。この冬の間にできるといいんだけどなー
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# by fumonken | 2008-01-21 13:29 | 作務 | Comments(1)

いよいよ寒くなってきました

ようやく寒くなってきました。ここ普門軒もとてつもなく寒いです。暖房器具はご存じの通り櫓炬燵と火鉢だけ。これで過ごしてやろうと思っていたのですが、さすがに寒くなってきました。

そこで以前より思案していた囲炉裏の製作に取りかかろうと思います。四畳半の部家に囲炉裏をもうけて冬を乗り切ろうと思います。うまくできるか、今、いろいろ資料を集めている最中です。
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# by fumonken | 2008-01-20 13:29 | 作務 | Comments(0)

四九日にすること…その二開浴

前回の四九日の日には剃髪(髪の毛をそること)については、お話ししました。今日は四九日のもう一つの大切な日課、「開浴(かいよく)」についてお話しします。

開浴とはお風呂にはいることです。四九日、つまり禅寺では四と九のつく日しかお風呂に入れないということです。四日、九日、十四日、十九日、二十四日そして晦日(月末の日)。この六日間だけです。僧堂(修行道場)はもちろんこの決まりを今でも守っています。そして今でも薪風呂です。古材を業者からいただいたり、境内で切り倒した木を薪にします。これを薪作務(まきざむ)と呼んでいます。ここは残念ながらガス風呂です。将来、薪風呂に替えたいと切に願っています。

開浴のことですが、開浴する前には、入浴中に悟りを得たと言われている「バッタバラ菩薩(ぶさ)」に半分の線香をたて、三拝してから入ります。そして入浴後、また三拝します。浴場には「不許高談戯笑」と書かれています。本来は半分の線香が燃え尽きる間(約十分から十五分)に身体を洗い、湯につかり、そして上がるそうです。ここでも残念なことに、普門軒には「バッタバラ菩薩(ぶさ)」がいらっしゃらないので、どうにか手に入れたいと思っています。「不許高談戯笑」は自分で書こうと思っています。
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# by fumonken | 2008-01-19 21:47 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

禅と建築

鎌倉時代に禅僧は、禅という新しい宗教の教えとともに、書道、山水画、茶道、武道など、禅の教えや世界観を表現したいろいろな文化ももたらしました。その中に寺院建築と庭園があります。

特に寺院建築および庭園には「天地と我と同根、万物と我と一体」といった禅の世界観が強く表現されています。禅宗のお寺さんでは、他の宗派のように青や赤、金といった華麗な極彩色豊かな装飾は見られません。また禅宗では儀式だけでなく、禅僧の生活そのものも重視するので、東司(とうす:便所)や浴室なども七堂伽藍(お寺にとって重要な建物)に加えられています。

いわゆる四畳半の和室(書院座敷)は、もともと禅寺の住職の居室がその原型なんです。雅な平安貴族の大陸文化の色濃い寝殿造りから、質素、質実な日本独自の書院造りへと発展していきました。

でも最近は、どこの文化に属すのかわからない建築物であるマンションに暮らしのジャパニーズが多くなってきています。そういう人は早く自分の過ちに気づいて、日本人の伝統的な生活空間に戻ってください。実は普門軒にもそのマンションのために非常に非常に非常に大きな打撃を被っているのです。この話はまた後日…。
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# by fumonken | 2008-01-18 18:50 | 禅・仏教について | Comments(0)

食事事情から見える日本の戦後

麦は戦後、米国、豪州、加奈陀によって、自給率を下げられてしまいました。戦前は自給していたんですよ。彼らは小麦や他の穀物、食物を買わせるため、要するに儲けるため、敗戦した日本にそういう政策をとらせたわけです。日本人が野菜や魚中心の食べ物から肉やパンなどの洋食化はその結果です。

今では麦の自給率十%。これは麦に限ったことではありません。米以外の食料がほとんどそうで、自給率は約四十%。穀物に至ってはなんと二十四%。これは米も含めていますから、米を含めない数字を出せばえらいことになるでしょう。

そんなことを考えながら、麦を混ぜて、ご飯を炊いています。
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# by fumonken | 2008-01-17 18:37 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

お坊さんは何食べてんの?

よく聞かれることの一つに食べ物のことがあります。「お寺では何を食べてるの?」。答えは、お野菜です。肉食(にくじき)、生臭は食べません。こう答えると、「お魚は食べるんでしょ」って聞かれます。意外なことに肉食というと豚やトリを思い浮かべるようですね。お魚も食べないんです。だから出汁(だし)も鰹出汁は使いません。昆布だしです。

お米には少し(一割程度)麦をいれて食べます。麦の態度はそのお寺によって違うと思います。昔、白いお米は貴重で、麦飯に白米を入れていたその名残です。でも今では麦の方が貴重で、白米に麦をいれるという逆転現象になってしまいました。その理由は…。
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# by fumonken | 2008-01-16 11:52 | 日課抄・歳時記 | Comments(2)

月参り

月参りはお寺にとって大切な仕事の一つです。檀家さんのお宅へ言って、お参りします。その家のご先祖さんはお寺のお墓にもいらっしゃるし、家の仏壇にもいらっしゃいます。つまり仏さん(ご先祖さん)とともに住んでいるんです。欧米ではそんなことありません。日本はとってもすてきな文化です。

坊さんが檀家さんのお宅へ月参りに行くことは、一種の家庭訪問みたいなものです。みんな元気かな。変わったことはないかな。その家のことを自分の家のことのように思う心は坊さんにとってと手元手も大切なことだと思っています。

残念ながら普門軒は今、月参りが数軒しかありません。これからもっともっと増やしていきたいと思っています。特にお年寄りの檀家さんのところには積極的に足を伸ばしていきたいです。お婆ちゃん元気かな。おじいちゃん元気かな。
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# by fumonken | 2008-01-15 17:43 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)