普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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反復とズレ

以前、小津安二郎監督の映画の本質、根源にある文脈を「反復とズレ」だと、吉田喜重監督はおっしゃっておられた。

「映画『父ありき』のある場面。川で父親と息子が並んで釣りをする。その反復動作。それの繰り返し。それがいつの間にかズレていく。それが父と子が他人になるというふうに私にはうつった」

こうおっしゃっておられる。

「反復とズレ」。なるほど小津映画は確かに「反復」の連続であり、その些細な「反復」の日常を描いている。その中に、独り立ちや結婚、また死といった「ズレ」が描かれる。

「反復」は永遠ではない。いつかは「ズレ」を迎える。生老病死。しかし「ズレ」も永遠ではない。

反復とズレ。どちらも受け入れなくてはならない。反復も無常であり、ズレもまた無常あろう。
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by fumonken | 2015-05-19 10:34 | 日課抄・歳時記 | Comments(1)

携帯電話、スマートフォンの使用はできません!

お泊まりの方は、携帯電話、スマートフォンの使用はできません!

最近、お泊まりの部屋で、携帯電話、スマートフォンをお使いになる方を見かけました。何人かの人はそのまま、下山(お寺から帰る)していただきました。

くれぐれも携帯電話、スマートフォンは使わないでください。

お寺にいる数時間は、そういうものと一度離れてみてください。もちろん、日中外出されるときはいくらでもお使い下さい。

中には、この際、泊まっている期間は一切、使わないと決めてくる方もおられます。

よろしくお願いいたします。
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by fumonken | 2015-05-16 09:31 | 宿坊について | Comments(0)

「寺」という字

「寺」という字は非常に興味深い。
「土」と「寸」に分かれるが、「土」はもともと「止」という字で、【使う】という意味がある。「寸」は【手】という意味であることから【仕事をする】という意味になり、ひいては、【仕事をするところ・役所】という意味があったそうである。
時代がさらに下って後漢の時代から、仏教の事務・仕事を行う【てら】という意味になった。

さら「寺」を音符とする時をみると、すこぶるおもしろい。

仕事のできる人が「侍」であり、仕事の日が「時」である。
また、仕事を手すれば「持つ」ことになり、仕事とはコツコツと行うことは、「待つ」ことである。さらに仕事に心と書いて、「恃む」というように、仕事の肝心なことは、己を信じ、自らをあてにせよというのである。孫子に曰く「吾の以って待つ有ることを恃む」というところであろうか。

そして、仕事を通して互いに語り合えば、それが「詩」となるのである。

「寺」とはまさに仕事をするところ、畢竟、己を生かすところである。若い者よ、己を生かしに寺に来い。
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by fumonken | 2015-05-05 09:39 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)