普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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禅は「治す」修行

ちまたに「自分を変える方法」とか「自分を変えたいためには」などの文言をよくみかけるようになって、久しい。

しかし禅は違う。禅は「自分を変える」のではなく、「自分を治す」のである。

禅には、理想はない。禅にあるのは本来だ。ちまたでみる本やセミナーは理想的な姿に自分を変得ていかなくてはなれないのかもしれない。しかし禅は本来の姿に治すのである。それが禅の修行だ。
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by fumonken | 2014-09-18 20:41 | 禅・仏教について | Comments(0)

「大人」とは

「大人」。オトナ、日本人なら誰でも読むことができる。もちろん意味もわかる。今、我々は二十歳になると自動的に「大人」になるのである。しかし仏教において「大人」になるというのは、そのようにはいかない。そもそも意味が違う。

仏教にも「大人」という言葉はダイニンとよむ。「大人」とは、人として成熟している人、本来の自分に目覚めた人、本来の自分を素直に受け入れられた人。こう言った意味に当たる。

御釈迦様は「大人」になるためには8つの修行があるとおっしゃった。
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by fumonken | 2014-09-17 13:29 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

「鮮明な冬」   高村光太郎

「鮮明な冬」   高村光太郎

黒船以来の総決算の時が来た 民族の育ちが それを可能にした

長い間こづきまわされながら なめられながら しぼられながら

仮装舞踏会まであえてしながら 彼らに学び得るかぎりを学び

彼らの力を隅から隅まで測量し 彼らのえげつなさを満喫したのだ

今こそ古にかへり 源にさかのぼり 一瀉千里の奔流となり得る日が来た

われら民族の此の世に在るいわれが はじめて人の目に形となるのだ

ひよどりが鳴いている 冬である 山茶花が散っている 冬である

だが昨日は遠い昔であり 天然までが我にかえった鮮明な冬である
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by fumonken | 2014-09-08 20:14 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)