普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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とんち話

とんち話というと、

「そもんさん!」

「せっぱ!」

と言いますが、これは
「作麼生(そもさん)」=問題を出すぞ!
「説破(せっぱ)」=答えてみせよう!


と言う意味です。「作麼生」は宋代の俗語だと言うことです。


とんちは頓智と書きます。頓は「すぐに、即座に、急に」と言う意味で、智は仏教の言葉「智慧」のことで、真理を見極める認識力という意味です。

難しく言うと、頓智とは「その場に応じて即座に対応できる、認識力」といえます。

これは何ににもとらわれていないからこそ、即座に対応できる。これこそ禅の真髄です。「無我」や「無心」といってもいいでしょう。
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by fumonken | 2014-03-25 15:26 | 禅・仏教について | Comments(1)

地球規模化と国際化

国立国語研究所が「外来語」の言い換え提案をしておりますが、その一つに「グローバル化」という言葉を「地球規模化」という日本語に言い換えるよう提案しております。

グローバル化は「globalization」と書きますが、もともと語源的には「globe(球体)」+「al(〜の:形容詞接尾語)」「ization(〜化)」からわかるように、「球状化」という意味です。そこから派生して、全体化、包括化、地球全体化、地球規模化なという意味に使われています。

似たような言葉として、日本語には「国際化」という言葉があります。これは「internationalization」の訳語で、「inter(相互の)」「nation(国家)」「al(〜の)」「ization(〜化)」を訳しております。ちなみに幕末期、「international」の訳語として「万国普通」とか「列国交際」、「各国交際」、「諸国交際」などとしておりました。それが明治30年代頃から「国際」という言葉に統一されました。

グローバル化と国際化。国家の立ち位置がずいぶんと意味が違います。
「グローバル化」には、地球を一つの世界と見るため、それぞれの国家、民族をどうやって地球全体化、地球市民化させていくのか、その方策やまた状態のことです。
一方「国際化」には、地球を多数の国家、民族の集合体と見るため、それぞれの国家、民族をどうやって相互に存在させていくか、交際させていくのか、その方策やまた状態のことです。

外来語のまま使ってしまうと、意味が似ているようで、ずいぶんと違うことに気づかず使ってしまう場合があります。
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by fumonken | 2014-03-09 08:27 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

大信根

禅の修行において、修行以前に心がけなければならないことがあります。それは「信・疑・勇」です。

信とは、大信根。信じるきることです。
「信じる」ということは本当に大切です。「信じる」ということはとても大きな力を発揮させます。私も三十過ぎてから出家して、ここまでやってこられたのも「信」の一字です。師匠を信じ、道場の師匠を信じ、道場の先輩を信じています。私の申し上げていることは、その「人」を信じているということではありません。その人々が信じている姿とか、信じていることを私も信じているということです。それは何を隠そう禅という世界観であります。
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by fumonken | 2014-03-06 23:06 | 禅・仏教について | Comments(1)

門より入るものは是れ家珍にあらず

「門より入るものは是れ家珍にあらず」。禅における大切な言葉の一つです。
家珍(かちん)とは家宝のことです。自分の宝物という意味です。
門から入ってくるものには家宝はない。門とは六つの門のことです。
目、鼻、口、耳、肌、意識の六つ門です。

私たちは絶えず、これらの六つ門を通して、外のものを見たり聞いたりして頭に描いていて受け入れています。禅ではそれら、外から入ってきたものは借り物であって、本物ではないというのです。

料理をただ習ったり、教えられたり、本を読んで作っただけで、体験のないものには、決して上手になれるものではない。禅では、受け入れ態勢の体験が非常に厳しく要求されるのです。論より証拠、実行第一。己で料理を作ってみる、自分で食べてみることが大切なのです。

だからといってただすればいいのではありません。日常の生活に於いて、自分なりに工夫していく、役立てていく。それを心がけて実践する。そうやって継続していくうちに、門から入ってきたもののヒントとしながら、己の中にもともとあったものに磨きがかかり、家珍として開発されていくのです。それが禅の修行です。
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by fumonken | 2014-03-05 15:11 | 禅の暮らし | Comments(0)