普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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日本の歴史

「赤ちゃんの頃は肌身離さず、幼い頃は手を離さず、
 小学生の頃は目を離さず、中学生からは心を離さず。」

日本にはながない歴史があります。歴史はその人々が何世代にもわたってはぐくまれた経験でり、それが受け継がれてきている実績です。上の言葉もその長い歴史から生まれてきた言葉の一つでしょう。
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by fumonken | 2014-01-18 09:32 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

元陸軍少尉の小野田さんの死去

元陸軍少尉の小野田さんが亡くなられたそうです。91歳でした。終戦後も戦争が続いていると信じフィリピン・ルバング島に昭和49年まで潜伏を続けた元陸軍少尉です。私も少し後著者や小野田さんに関する書を読ませていただきましたが、本当に筆舌に尽くし難い方です。また戦前が遠くになった感じがします。心よりご冥福をお祈りいたします。
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by fumonken | 2014-01-17 13:15 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

生きるとは

さらに昨日の続き

禅の生き方に変えていきたいと思う方は、思考から入ると言うことでよろしいのですが、同時にもう一つ大切なことがあります。それは「師」を見つけることです。書籍やネットだけではだめです。時折でいいです。実際の声を通して、言葉の交わして、思考を学ぶことのできる「師」が必要です。

禅宗の僧侶になる場合、師匠につかないと僧侶になれません。師匠からいろいろなことを学びます。さらに修行道場にいけば、「老師(ろうし)」と呼ばれる「師」がいらっしゃいます。

まずは禅の書籍をてにとって、いろいろ思考されるとよいでしょう。次は、お近くの禅寺に是非、足を運んで下さい。そしてそのお寺の和尚さんと言葉を交わしてみて下さい。行動として坐禅をさせてもらったり、さらに掃除をさせてもらったらよいでしょう。時間がたつにつれ、「師」になってくれる思います。もしだめだったら、普門軒に来て下さい。
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by fumonken | 2014-01-10 20:25 | 禅の暮らし | Comments(0)

生きるとは

昨日の続きです。

もし、あなたが今、今の自分を生きた方を変えたいと思うなら、まず、思考を学ぶべきでしょう。そしてその上で、行動が変わっていき、結果、自分の生き方が変わっていきます。

禅なら禅の思考を、キリスト教ならキリスト教えの思考、マルクス主義ならマルクス主義の思考を学んでいけば、時間はかかりますが、行動も変化していき、結果、あなたの生き方も禅的生き方であったり、キリスト教的生き方であったり、マルクス主義的生き方になっていくでしょう。

忘れてはならないことは思考のみになっては、生き方は決して変わらないということです。言行一致を目指さなくてはならないことです。思考か行動かどちらか一方では、単なる研究対象、興味の対象です。高等教育機関の指導者を見ればおわかりでしょう。生き方が変わるまでのことはないでしょう。
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by fumonken | 2014-01-09 20:07 | 禅の暮らし | Comments(0)

生きるとは

「生きる」とは、命を保ち、活動していることです。私たちは命を授けられている以上、その命を保ち、活動して行かなくてはなりません。その活動内容は大きく言いますと、思考と行動だと言えます。

人は思考して、行動します。また行動して、思考します。その積み重ねが「あなたの生き方」となるわけです。つまり行動力と思考力は「あなたの生きる力」なのです。

もし、あなたが、今のあなたを生きた方を変えたいと思うなら、どうしたらよいでしょうか。

禅宗の僧侶の場合、修行道場という場で、まず行動を学びます。修行の初期段階の多くの場合、思考は重要視されません。むしろじゃまなものとされます。例えば、掃除をする。掃除という行動はしますが、なぜ掃除する必要があるのかという思考はしません。食事はとても静かに食べる。静かに食べるという行動はしますが、なぜ静かに食べるのかという思考は大切にしません。ただただ行動のみを学ばされられます。それが何年かたつと、体もなれていき、自然と効率よく掃除ができ、静かに食事ができるようになります。つまり行動力がついてくるのです。行動力がついてくると「だから掃除をするのか」「だから食事は静かに食べるのか」と、自然と思考し始め、行動を理解できる思考力がついてゆきます。

思考力がついてくると、さらに行動しようという意欲がわき、さらなる行動力がついていきます。さらなる行動力が、さらなら思考力を呼び覚ますのです。そうしていく内に、これまでの行動と思考(生き方)から、知らぬうちに変わっていくのです。

ただし、修行道場のような場で、一定期間過ごせることは、一般的には非常に難しいことです。
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by fumonken | 2014-01-08 19:18 | 禅の暮らし | Comments(0)

お土産(おみやげ)

あけましておめでとうございます。新年、多くの方々が故郷や旅行に出かけます。そのときつきものなのが、お土産です。お土産は「土産」と書きますが、この語源は、諸説あるようです。字の「土産」は読んで字の如く、土地の産物です。そして音の「みやげ」はよく見て選び、人に差し上げる品物を「見上げ(みあげ)」といったいう説が有力だそうです。
「土産」と「みやげ」は、別の意味で用いられていたが室町時代から混用されるようになり、室町末期以降、「みやげ」の当て字として「土産」が用いられるようになったそうです。

ちなみに西洋では、土産のことを英語でsouvenir、スロバキア語でsuvenír、フランス語でsouvenirなどです。souvenirの語源は「思い出」と意味だそうです。ちなみにチャイニーズではお土産のことを紀念品と言うそうです。ですから西洋の語源に近いですね。
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by fumonken | 2014-01-04 20:39 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

新しい考えより、まずはあたり前の常識を

今年の目標は「新しい考えよりも、まずはあたりまえの常識」を大切にしていこうと思います。
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by fumonken | 2014-01-01 19:39 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)