普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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お八つ

午後三時と言えば、おやつの時間。おやつは「お八つ」と書きます。
一日を十二支で12等分していた昔の時間の数え方で、8つ目の頃(今の午後3時)に食べたことからこういうようになりました。

禅寺には「点心」という言葉があります。「点心」という言葉は禅語『空心(すきばら)に小食を点ずる』からきたといわれております。疲れたときにちょっと何かをつまむと気分が変わるものです。また仕事仲間と一服の時間を過ごすと、また残りの時間も張り合いも出てきます。

「おやつ」とはおいしいお菓子を食べると言うことではなく、。心境を転換するということなのです。
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by fumonken | 2013-10-31 10:41 | 日課抄・歳時記 | Comments(1)

本当の自分

本当の自分。普門軒に投宿される方々の多くは、この自問をもって、こられます。本当の自分とは。これを禅の言葉では「本来の自己」と言ったり、「本来の面目」と言ったりします。
曹洞宗を開かれた道元禅師は本当の自分と題する歌を読みました。

春は花 夏はホトトギス 秋は月 冬雪さえて冷(すず)しかりけり
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by fumonken | 2013-10-27 21:11 | 禅・仏教について | Comments(0)

世界の国会議事堂…スロバキア共和国

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私はスロバキアにまだ行ったことはないのですが、私にとってとても大切な国です。私の中にある懐かしいヨーロッパを感じています。小さい小さい国です。私は昨年、この小さな国から来た人と親しくさせていただいて、とてもとても私の世界観が変わっていきました。

日本に住んでいると、一つの国で、一つの言葉で、一つの民族で連なってきた一つの歴史、日本史が、当たり前のように感じてしまうのですが、スロバキアを知るにつれて、そのことはとても特別な事なんだとわかってきました。

スロバキアを国の歴史みると、
スロバキア地域に「今の」スロバキアという国ができたのは1993年です。
その前は1945年(日本の終戦期)から1993年までチャコスロバキアという国がありました。
その前は1939年(昭和初期)から1945年まで「前の」スロバキアという国がありました。
それ以前にはスロバキアという国号はありません。
ただし第一次世界大戦後1918年(大正期)から1938年まで「前の」チャコスロバキアという国があり、スロバキアという地名がはじめて国号になりました。
したがってスロバキアという「国」の歴史は先の6年と今の11年です。

「今の」スロバキアスの人口は約550万人。言語はスロバキア語です。85%近くの人がスロバキア人で、日本のように比較的均一性の高い国民国家といえます。

私にとって今以て不思議に感じることは、一定の地域に一定の民族が、独自の言語を持ちながら、「国」としての歴史は20年足らずである。国としての独立がなかったのか。国としての独立が「良い・悪い」というわけではなく、日本のような国に生まれた人間としてみるととても不思議な感じがします。

スロバキアとの出会い、そこから見えてきた世界観を話すととても長くなりますので、ここはいつもの話題に切り替えます。

スロバキアの議事堂本館はブラチスラヴァ城に隣接する高台に建ちます。この建物はチェコスロバキア時代の1986年に建設がはじめられ、東欧の革命のため1989年に中断され、1993年に完成します。
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by fumonken | 2013-10-20 15:00 | Comments(0)

世界の国会議事堂…台湾

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台湾の国会議事堂は立法院議事堂と呼ばれています。1960年以後は立法院の議事堂として使われている建物が下の写真です。この建物は日本統治時代の1919年に「台北州立台北第二高等女学校」校舎として建てられたものです。とても立派な校舎ですね。「台湾にもナンバーズスクールがあったのか」と、これは興味深いと思い、少し調べました。ちなみに「ナンバーズスクール」とは、戦前、エリート校を通称ナンバースクールと称しました。例えば国単位では、「一高(第一高等学校=現在の東京大学)」や「二校(第二高等学校=東北大学)」「三高(第三高等学校=京都大学)」など、また地方単位では京都府立第一中、京都府立第二中といったように旧制中学をナンバーズスクールと呼んでおりました。そのナンバーズスクールが台湾の女子校にもあったようです。六校まであったようです。ただし、「一校」と「二校」の在学生はほとんど内地人(日本人)だったそうです。一方他の四校の在学生は内地人と本島人(台湾人)であったそうです。ちなにみ現在でも、旧一高と旧三高は伝統校として台湾でもトップの女子校だそうです。
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by fumonken | 2013-10-15 07:38 | Comments(0)

よくブログを読んでから連絡を下さい。

最近、

「今日、2名1泊空いていますか?」

と電話をかけてくる方がおられます。ここは宿屋ではありません。投宿をされたいと思う方は、まずちゃんとブログの「宿坊について」を熟読して下さい。

重ねて申し上げます。ここは宿屋ではありません。修行をしようと思う方が集まるお寺です。投宿とは「投げうって宿するところ」です。
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by fumonken | 2013-10-12 16:04 | 宿坊について | Comments(0)

ずいぶんと変わりました

普門軒の住職として10月14日で5年が過ぎました。グーグルアースの画像があったので、載せてみます。私が入る前のお寺と、入ってからとちょっと緑が減ったかな。上が5年前までの普門軒です。下が、現在の普門軒です。
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by fumonken | 2013-10-11 14:21 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

世界の国会議事堂…ウガンダ共和国

アフリカ大陸の国会議事堂の紹介です。ウガンダ共和国です。ウガンダは1894年にイギリスの植民地となり、1962年に独立します。ウガンダという名称はかつてあったブガンダ王国の名称をスワヒリ語読みにしたそうです。国会議事堂の建物の建設は1958年に開始されたそうです。建物のことはこのくらいしかわかりませんでした。先日紹介したカナダもそうですが、かつてイギリスの植民地であった国の国会議事堂は英語でParliamentと表記するところがほとんどです。ちなみに「parl」とはラテン語で「話す」という意味です。フランス語で「話す」を「 Parlez」と書きます。英語で「会談」のことを「parley」と書きます。
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by fumonken | 2013-10-09 07:41 | Comments(0)

世界の国会議事堂…カナダ

カナダの国会議事堂は、真ん中に平和の塔と呼ばれる中央棟と東西の棟の3棟で構成された、ネオ・ゴシック様式の建物です。創建は1866年になりますが、現在の建物は1922年の再建です。中央の平和の塔は高さ92mで、カナダの戦没者を追悼するものです。靖国神社を反対する人々にとってはとんでもない国会議事堂になりますね。
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by fumonken | 2013-10-08 10:19 | Comments(0)

すっかり秋になりました

春夏秋冬。日本には四季があります。これに梅雨と台風を合わせると6つの季節をもつ日本列島。実に2ヶ月ごと季節が変わる計算になります。確かに2ヶ月前というと8月です。暑かったですね。本当に今年の暑かった。2ヶ月後。12月です。寒いですよ。これが日本の季節です。
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by fumonken | 2013-10-03 20:20 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)