普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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鶏小屋作り

いよいよ柵を取り付けます。格子戸のようなデザインにしました。もうすぐ完成です。
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by fumonken | 2012-08-26 21:13 | 作務 | Comments(0)

鶏小屋の報告

漸く鶏小屋の産卵箱ができました。産卵箱と柵を取り外し可能で、しかも卵もとりやすくしてあります。工夫一拝の鶏小屋です。
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by fumonken | 2012-08-21 20:55 | 作務 | Comments(0)

幕末と今の日本の大きな違い

今の日本を幕末にたとえる人は少なくはありません。かくいう私もそう思うところが多々あります。内憂外患はまさに同じ状況です。幕府が幕府の保身に走った状況と、政府・政党が政府・政党の保身に走っている状況の全く同じです。雄藩の改革、革新も、現在の改革知事、市長の動きに非常に似ています。そして外圧です。外国の進出・侵略をうける状況もうり二つです。本当に似ています。

そして日本は幕末の内憂外患を乗り越えて、明治維新を迎えます。

ただし本質と現象という見方を忘れてはなりません。すべての事柄、内在する本質があり、目に見える現象があります。歴史的現象として明治維新を迎えることができた、当時の日本の指導者たちの本質はどこにあるのでしょうか。

それは滅私奉公です。私の為ではなく、公の為の行動こそが彼らの本質なのです。ここを押さえなくてはなりません。彼らはなぜそういった本質を育み、持ち得たのか。それは「信」に値する世界観を持っていたからです。その世界観とは、仏法であり、神道であり、儒学であり、そして武士道なのです。

翻ってみて、どうですか。世の指導者というべき政治家、学校の先生、公務員、公の各委員会に選ばれているもの、会社の上役、それに僧侶。彼らの多くは、公の為ではなく、私の為の行動にその本質がある、すくなくともそううつっています。

現代の日本人の本質は「私(わたくし)」にあります。すべての原点が「私」です。それでは本質をどう入れ替えるのか。それは「信」をもつことです。「信」にあたいする世界観をもつことです。そうです。仏法であり、神道であり、儒学であり、そして禅なのです。
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by fumonken | 2012-08-20 21:19 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

ようやく屋根の完成です

垂木と母屋を乗せて、波板を打ちました。もちろんポリカの波板です。屋根は大工さんに伺って三寸勾配にしました。これから鶏の産卵小屋などをつくります。
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by fumonken | 2012-08-18 18:09 | 作務 | Comments(0)

諸国民の公正と信義に信頼してはみたものの

二年前のブログでも書いたのですが、幕末の外交史の話です。今回は特に海に目を向けてみます。

1792年 ロシア船、根室に来航
1804年 ロシア船、長崎に来航
1806年 ロシア軍艦、蝦夷地北辺を襲撃

1806年 文化の薪水給与令(とりあえず薪と水はあげますからお帰りください)
1808年 イギリス艦船フェートン号事件
1816年 イギリス軍艦、琉球に来航
1818年 イギリス軍艦、浦賀に来航

1825年 異国船打ち払い令(もう堪忍ならん。異国船は打ち払うぞ!)
1828年 シーボルト事件
1837年 大塩平八郎の乱(幕府官僚の反乱。橋下市長ではありませんが、大阪での乱です)
1837年 アメリカ商船来航
1839年 蛮社の獄(幕府による言論弾圧事件)
1840年 アヘン戦争(イギリスに清国がめった打ちにされる)
1841年 天保の改革(幕府財政の再興を目指した改革。3年で失敗)
1842年 天保の薪水給与令(やっぱり薪と水だけはあげますから帰ってね)
1843年 イギリス軍艦、八重山諸島に上陸し測量
1843年 阿部正弘、25歳で老中(首相)
1844年 フランス軍艦アルクメーヌ号、琉球に来航
1844年 オランダ国王、幕府に開国を勧告
1845年 イギリス軍艦長崎に来航

1845年 幕府、海防掛(海軍)を設置
1845年 アメリカ捕鯨船、浦賀に来航
1846年 アメリカ使節、浦賀に来航
1849年 アメリカ軍艦、長崎に来航
1849年 イギリス軍艦、浦賀・下田に来航し測量
1852年 オランダ商館長、翌年のアメリカ艦隊来航を通告
1853年 アメリカ艦隊黒船来港


幕末に向かう50年近くの間に、日本の海には外国船がいろいろ訪れているんですね。もちろん当時の日本は鎖国ですから、時の政府である幕府はひた隠しにするわけです。

「諸国民の公正と信義に信頼して」きたのですが、ロシアが北方領土を占領し、竹島を韓国が占領し、尖閣諸島に中国が不法侵入する。しかもそれを政府が穏便にあしらおうとする。まさに幕末の幕府に通じるものを感じます。

幕末の幕府と現在の政府がにているのは、どちらも主語が「日本国」ではないということです。幕末、幕府はとにかく、幕府の温存、徳川家の温存を主語にして、政策をたてます。今の政府も政府・政党・役所を主語にした政策です。

でも日本は地方からのろしがたちます。薩摩、長州、宇和島、福岡、佐賀、土佐・・・。開明的な藩主を中心に日本を主語にした改革が始まっていくんです。

今の地方の知事の方々。大都市の市長さん。そして彼らを支える官僚のみなさん。期待しています。

時の政府である幕府はひた隠しにしたのですが、でも結局、隠しきれず、その積み重ねが幕府瓦解につながりました。
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by fumonken | 2012-08-16 15:27 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

戦後67年

今日、8月15日、大東亜戦争の終戦記念日です。「戦後」と言うという言葉が、文字通り戦後からこの「大東亜戦争戦後」という意味で使われるようになりました。

しかし世界では、いわゆる第2次世界大戦の後も戦争をしていますから、日本人の言う「戦後」は、第2次世界大戦後と言わないと通じません。日本人だけが「戦後」とは大東亜戦争後ということになっています。

日本人にとって「戦後」とは何なのか。「戦争」とは何なのか。そういうことを考える。また考えるだけではなく、いろいろな事実を知るということの方がむしろまずすべきことだと思います。

「戦後」の日本人がなぜあの戦争を大東亜戦争と呼べないのか。なぜ太平洋戦争と言わなくてはいけないのか。今日はこのことを調べて、考えてみてはいかがでしょうか。
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by fumonken | 2012-08-15 07:05 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

日本人らしさとは何か

日本の国、日本人のこと、日本人の精神(=心)をよく考えてきました。その方法の一つとして私は禅宗坊主になりました。今、本当に禅宗の坊主として身をおけたことに感謝しています。本当にこの国のこと、この国の人々のこと、とりあわけその精神性がわかってきた気がしています。

今、40歳にして私が思う日本人らしさとは何か。それは「思いやり」だと思うに至っております。「思いやり」という精神性こそ、日本人が日本人たる理由だと思います。

さらにその「思いやる」対象は何なのか。

それは「相手の名(誉)」だと私は思うのです。相手の名誉を傷つけない思い。それが思いやりだと思います。相手とは目に見える相手はもちろんのこと、今は無き人々、またこれから生まれてくる人々の名誉を思う。

日本人らしさの気遣い、心配り、心づかい、もてなし。さらに和の精神、協調性、礼儀正しさなどの根幹は、この「相手の名(誉)を思う=思いやり」だと思っています。
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by fumonken | 2012-08-14 21:11 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

お盆の最中も鶏小屋作り

お盆のお参りの最中だというのに、時間があれば鶏小屋作りです。つぎは壁を貼り付けます。
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by fumonken | 2012-08-12 17:53 | 作務 | Comments(0)

信頼できるのかな…

日本国憲法の前文抜粋

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」

日本国民は、諸国民の公正と信義を信頼しているんですね。信頼か。
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by fumonken | 2012-08-10 22:22 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

鶏小屋作りの続き

柱を立てて、桁をかけて、それなりの形になってきました。でもまだよくわかりませんね。
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by fumonken | 2012-08-08 17:50 | 作務 | Comments(0)