普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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信心銘の世界観・・・4

一種通ぜざれば、両処に功を失す。有を遣(や)れば有に沒し、空に隨えば空に背く。多言多慮、転(うた)た相応せず、絶言絶慮、処として通ぜずということ無し。根に帰すれば旨を得、照に隨えば宗を失す。須臾(しゅゆ)も返照すれば、前空に勝却す。

真の自分に目覚めないかぎり、有とか無という思慮分別に捉われて自由自在な働きを失ってしまう。有を捨てようとすれば有に埋没してしまうし、空に随おうとすれば空に背いてしまう。

話せば話すほど、考えれば考えるほど、ますます真理から遠ざかる。話すことも考えることもやめなさい。そうすれば知り得ないものは何もない。

根本的な心に帰れば(=仮の自分を捨て去れば)、道(本当の自分)が分り、思慮分別に陥れば道を見失う。坐禅をすれば、本当の空を手にすることができる。

※須臾も返照すれば=しばらくの間、自己を省みれば=坐禅をすれば

つづく
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by fumonken | 2012-06-26 16:57 | 禅・仏教について | Comments(0)

信心銘の世界観・・・3

有縁を逐うこと莫れ、空忍に住すること勿かれ、一種平懷なれば、泯然(みんねん)として自(おのず)から盡く。動を止めて止に歸すれば、止更に彌(いよい)よ動ず。唯両辺に滞(とどこお)らば、寧ろ一種を知らんや。

分別の世界に巻き込まれてはならない。だからといって、空という世界に陥ってもならない。波のない水面のように淡々とした心になれば、分別や空のとらえ方は自然に消えはててしまう。

心の動揺を止めて静かになろうとしても、心の動きはもっと増すばかりだ。有と無、動と止のような二元対立にこだわっていて、どうして本当の自分を見つけることができるのだ。

つづく
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by fumonken | 2012-06-21 22:11 | 禅・仏教について | Comments(0)

信心銘の世界観・・・2

違順(いじゅん)相爭う、是を心病と爲す。玄旨(げんし)を識らざれば、徒(いたず)らに念靜(ねんじょう)を労す。円(まどか)なること大虚に同じ、欠ること無く餘ること無し。良(まこと)に取捨に由る、所以(ゆえ)に不如なり。

好き嫌いは心の病と言うしかない。
本当のことを知らないで、無駄に、坐禅をし無心になろうとすることば、苦労するだけだ。

道は丸い円のようで、大空のようにどこにも欠けることは無く、余っているところも無い。
しかし、ひとたび、これがほしい、あれはいらないという我欲(取捨)にとらわれ、そこから思慮分別の妄念が生まれ、真理から離れてしまうのだ。

つづく
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by fumonken | 2012-06-20 18:10 | 禅・仏教について | Comments(0)

信心銘の世界観・・・1

至道無難(しいどうぶなん)、唯だ揀択(けんじゃく)を嫌う、但だ憎愛莫ければ、洞然として明白なり。毫釐(ごうり)も差有れば、天地懸(はるか)に隔たる。現前を得んと欲せば、順逆を存すること莫かれ。


大いなる道(本当の自分)に至ることは難しくない。
ただ選り好みをせず、愛することも憎むこともなければ、
すべてははっきりと見えてくる。

だが少しでも分別の情が生まれれば、
道と自分は天と地のように遙かに隔たってしまう。
道に至りたければ、賛成や反対の思慮分別の情、憎愛の心を抱いてはならない


つづく
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by fumonken | 2012-06-19 20:42 | 禅・仏教について | Comments(0)

信心銘を読む・・・信心銘とは

禅宗の開祖、達磨大師から数えて三代目の祖に、僧璨鑑智禅師(そうさんかんちぜんじ)という禅宗のお坊さんがいらっしゃいます。時代は隋の時代です。その僧璨鑑智禅師が書き記したといわれる146句、584字から成る詩を『信心銘(しんじんめい)』といいます。

戦前の禅の大家、鈴木大拙博士は「(『信心銘』は)堂々たる哲学詩であり、禅旨の大要はこれで尽きている」と言われ、古来類がない傑出したものだと評価されております。

ということは『信心銘』を読んでみると禅の世界観がわかるのかもしれませんね。今日から少しずつ『信心銘』を読んでみたいと思います。
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by fumonken | 2012-06-18 19:39 | 禅・仏教について | Comments(0)

禅寺の暮らし

いろいろな方が普門軒に泊まりに来ます。ここで過ごす時間は二度とかえってはきません。良いことばかりではありません。つらいこともたくさんあります。つらいことがあっても必ず時間は過ぎていきます。二度と帰ってきません。無常(むじょう)です。

日頃の生活に比べて普門軒で過ごすことはつらいと感じることもあると思います。特に近代と仏教では見えない部分で大きな世界観(せかいかん)の違いがあります。あたたが守りたいと強く思うのと同じように、禅にとっても守りたいと強く思うことがあります。そこには矛盾もたくさんあります。

ここは禅寺です。禅の世界、つまり仏教の世界には民主制もなければ、男女平等もありません。そういう制度よりも、心の持ち方を教え、そのため修行を教えます。

国泰寺派には九十歳になる尼さんがいらっしゃいます。でも男の坊さんである私の上(かみ)には坐りません。これは民主的ではありません。でも尼さんにとって民主的であるかどうかよりも仏の教えを大切にするわけです。私のおばあちゃんもそうです。おじいさんに対しての態度は尼さんと同じです。おばあちゃんは民主的ではありません。でも二人ともとてもすばらしい空気をもっております。

大切なのは民主的であるかどうかということよりも、人として、女として、男として、どうあるべきかということです。これを仏は説いています。これは東洋では「人の道」といいます。東洋の伝統にとっては、民主的あるかと言うよりも、人の道であるかが重要なんです。

わたしは普門軒での宿坊を通して伝えたいことは「人の道」による生き方です。それを伝えたいんです。その第一歩は男とは男として。女は女として。長幼尊卑(ちょうようそんぴ:目上を敬うこと)の義を守ること。何度も言うようにこれは民主的ではありません。
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by fumonken | 2012-06-17 20:37 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

三従四徳(さんじゅうしとく)

以前書いたかもしれません。最近、若いお母さん方から、母としてどうあるべきなのか聞かれることが多いので、あらためて、三従四徳(さんじゅうしとく)について書きます。

母として生きる「儒教の規範」…「三従四徳(さんじゅうしとく)」
母としての儒教の規範は、「三従四徳」です。
三従とは「在家従父、出嫁従夫、夫死従子」(嫁に行くまでは父親に従い、嫁に行ったら夫に従い、夫が死んだら子供に従う)
四徳とは「婦徳、婦容、婦言、婦工」(女性らしい道徳、女性らしい容姿、女性らしい言葉遣い、料理屋裁縫の技術)を身につけることを言います。

三従四徳を守る理想的な女性、母としての目指すべき姿とは「良妻賢母」であるわけです。

このことを「させられる」と勘違いしてはいけません。あなたが相手にそうしてあげることは、結果、あなたが相手にそうしてもらうことになるのです。大切なことは自分を中心に行動してはいけないと言うことです。

これも東洋思想の源流である「無我」の思想が、道徳として現れたものです。
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by fumonken | 2012-06-08 17:59 | 日課抄・歳時記 | Comments(1)

生きる判断とは

人は生きる判断をどこにおいて生きてきたのか。

「宗教的戒律」「社会のモラル」「国家の法律」。

この三重構造を川にたとえるならば、「宗教的戒律」は源流で、「社会の規範」は上流、「国家の法律」を下流と例えることができます。 

上流の清流が保たれれば、下流はよどみなく流れていきます。上流にゴミがたまってよどんでいれば、たくさんの川が集まっていく、川下に行けば行くほど、汚れていきます。

今のこの近代という時代は「宗教的戒律」と「社会のモラル」がよどんでいる状態です。だから「法律さえ守ればいいだろう」という輩が出てくるのでしょう。人として法律以前に踏めなくてはいけない事柄があるのです。
私たちは今、近代に生きています。
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by fumonken | 2012-06-08 17:14 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

作務日和です

この季節は本当に作務日和といえますね。本日は投宿の方と一緒に井戸もどきを作りました。

大きな石をいただいたので、それを井戸に見立てて、据えました。この後、上に竹のふたを作り、井戸もどきの完成です。踏み石も一緒に据えました。
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by fumonken | 2012-06-08 11:18 | 作務 | Comments(0)

最近の投宿者は・・・

最近、普門軒に投宿される方の中に、お寺の手伝いをしたいという方が多くみられます。そんな方がいるときは、午前中を使って、いろいろ作務をするわけです。

男性がいるときは決まって、石作務(いしざむ)。私一人ではなかなか持ち運べない石を動かして、据える作務をします。これが本当に楽しいんです。

今日は三人の女性でしたが、はじめて石作務を任せました。どうなんになるかなーと心配して追ったのですが、そんな心配はよそに、本当に上手に据えてくれました。また普門軒の庭が美しくなりました。ご苦労さんでした。それにしても、昼のそうめん、あんたらよう食ったなー。
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by fumonken | 2012-06-07 18:16 | 作務 | Comments(0)