普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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部屋の改装…その四

いよいよ完成間近です。大工さんに頼んで床下にものが置けるようにしてもらいました。大工さんは何でもできてかっこいいですね。
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by fumonken | 2012-02-28 15:24 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

部屋の改装…その三

お部屋ももうすぐ完成です。大工さん頑張ってください。
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by fumonken | 2012-02-27 15:15 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

部屋の改装…その二

部屋の改装。今日は床板も全て外してもらいました。松の床板は来るべき土間復興の日のためにとっておくことにしております。また再利用をするつもりです。

改装をしてくれている大工さんは三年目の若い職人さんです。私の方から大工さんに是非、彼にやってもらいたいとお願いしました。若い職人さんにやってもらうことで、これから寝泊まりしてもらう人にも、そのことをお伝えしたいからです。みんなのような若い職人さんが作ってくれたんだよと。

職人さんは一生懸命仕事をしています。そのひたむきさ、私も忘れていたものが沸々とよみがえります。
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by fumonken | 2012-02-24 19:26 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

部屋の改装…その一

今後、住み込みの居候が来ても寝起きできるように、本堂の裏の納戸を畳の部屋に改装する事にしました。しういう若者がいても、普門軒には部屋数が少ないので、一大決意で畳の部屋にすることにしました。一人でも多くの若者が、普門軒に来て、禅寺暮らしの経験を人生に生かしていただけるとしたら、本当に禅寺冥利につきるというものです。このことは同時に私を身一つで弟子にしてくださった師匠をはじめ、普門軒を開かれた和尚様に対しての何よりの恩返しになると思っております。

ここで人生の修行をしてみたいと思ってもらえるお寺になれるよう、今後益々踏ん張らんといかんなーと思う今日この頃です。
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by fumonken | 2012-02-23 19:06 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

日本人として生きる…その2

私は禅僧として、日本人とは何かを伝えています。それが私の禅僧として存在理由としています。その原点は大学生時代の外国への一人旅と、新渡戸稲造の『武士道』です。

誇りのもてない国、文化・歴史を軽視し、なんでも外国に求める。古きことよりも新しきことを求める。少なくとも私の原風景八〇年代にはそういった空気がありました。私が外国へ一人旅に出かけたのもその延長です。なにせ小さいころテレビで見た「ハウス食品世界名作劇場 」の世界が、ヨーロッパには広がっておりましたから、それは感動したものです。と同時に自分が日本人であるということの強烈な劣等感、そう劣等感を感じました。

何度か旅をしていくうちに、本気で日本が知りたくなり、いろいろな本を読みました。私の二十代は、日本人とは何か、日本人としてどうやって生きたらいいのか(個人的なテーマではありませんので、苦しみではありませんが)、悩み、追い求めました時代でした。と同時に、古い家に住み、着物を着て、古い家具に囲まれ、本や写真集、古い町並みへの旅行から、近代史の勉強、大東亜戦争のことなど、空間、物質、知識の上ではいろいろ学んだ二十代でした。そんななかで漠然としてあこがれのあった武士道をしりたくなり、新渡戸稲造の『武士道』を読むに至りました。小さな精神的なよりどころを感じたものです。

時が過ぎ、私も三十になりました。これからの道を悩みあぐんでいる時、禅僧であった祖父の歴史を聞き語りを通してまとめました。祖父はすでに九十を過ぎておりました。しかし祖父はアルバムや手書きなめもなどを用意してくれて、いろいろ私の質問に答えてくれました。時に私が全く戦前の知識がないことを恥たものです。そんな聞き語りを通して、私にも引き継ぎ、伝えるべきものがあったんだ、それはこんなすばらしい祖父そのものだと痛烈に思い、私は禅僧となる決断をいたしました。

今思えばまさに禅語の「看脚下」でした。これまでそとにそとに追いもとめていた二十代。禅の道を歩み出すことのできた三十代。そして今年の四月八日、私も四十歳を迎えます。四十歳を目の前にして私ははっきり見えてきました。私のこれから伝えるべきことが。それは日本人の精神です。

どうぞ、今、道に悩み、見失いそうな若者よ。普門軒の門をたたきにおいでなさい。いっしょに歩もう。
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by fumonken | 2012-02-20 14:12 | Comments(0)

今朝はよく降りました

今朝、起きてみると一面雪景色です。雪が降っているといつもは真っ暗な早朝でも明るいですね。満月の日のようです。
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by fumonken | 2012-02-19 21:57 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

日本人として生きる

私は二〇歳のとき、はじめて外国へひと月ほど一人旅をしました。その後も毎年のように外国へ長期旅行に出かけました。一年大学を休んで外国でも暮らしたこともあります。はじめのころは息苦しい日本を離れ、自由な外国で気ままな一人旅でした。何を見てあーすばらしいなーと思ってしまいました。特にヨーロッパをぐるぐると回りました。旅を何度もしていくうちに、私の中にあった、これまで全く気づかなかったものに火が灯されました。それが「オレは日本人なんだ」という意識です。

それからは逆に国内旅行に出かけます。伝統的な町並みののこる田舎町、城下町、港町、農村…。機会があればでかけました。大学院ではまちづくりや景観問題について勉強させてもらいました。日本の風景がふくらんでいきました。こんなキレイな町並みがあるのか、民家はこんなに美しいのか…。

ただ民家や農家、町並みを見ているだけでは満足できず、サラリーマン時代は伝統的な町家に住みました。そのうち着物を着るようになりました。伝統的な家具を買い、古い映画を見、実際に自分がその伝統的な暮らしを見よう見まねでするようになりました。

二〇歳のときの外国へ一人旅がはじまりでした。
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by fumonken | 2012-02-19 13:22 | 禅・仏教について | Comments(0)

ね、あんたの新しいってどういうこと?

私は小津安二郎監督が大好きです。先日、『宗方姉妹』という映画を久しぶりに見ました。いつも着物姿の古風な姉と洋服姿のモダンな妹の話です。そんな『宗方姉妹』の印象的な姉妹の口げんかのシーンがあります。本当にいいんです。

「満里ちゃん、私そんなに古い? ね、あんたの新しいってどういうこと? どういうことなの?」

「お姉さん自分では古くないと思ってらっしゃるの?」

「だからあんたに聞いてんのよ」

「お姉さん、京都行ったってお庭見て歩いたりお寺回ったり」

「それが古いことなの? それがそんなにいけないこと?」

「‥‥‥」

私は古くならないことが新しいことだと思うのよ。ほんとに新しいことはいつまでたっても古くならないことだと思ってんのよ。そうじゃない? あんたの新しいってこと、去年流行った長いスカートが今年は短くなるってことじゃない? みんなが爪を赤くすれば自分も赤く染めなきゃ気がすまないってことじゃないの? 明日古くなるものでも今日だけ新しく見えさえすりゃ、あんたそれが好き? 前島さん見てご覧なさい。戦争中先に立って特攻隊に飛び込んだ人が、今じゃそんなことケロッと忘れてダンスや競輪に夢中になってるじゃないの。あれがあんたの言う新しいことなの?」

「だって世の中がそうなってるんだもの」

「それがいいことだと思ってんの?」

「だってしょうがないわよ。いいことか悪いことか、そうしなきゃ遅れちゃうんだもの。満里子、みんなに遅れたくないのよ」

「いいじゃないの遅れたって」

「厭なの。そこがお姉さんと私とは違うのよ。育った世の中が違うんだもの。私はこういうふうに育てられてきたの。悪いとは思ってないの」
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by fumonken | 2012-02-14 21:56 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

紀元節の歌

作詞:高崎 正風
作曲:伊沢 修二

一、
雲に聳(そび)ゆる高千穂の
高根おろしに草も木も
なびきふしけん大御世(おおみよ)を
仰ぐ今日こそたのしけれ

二、
海原なせる埴安(はにやす)の
池のおもより猶(なお)ひろき
めぐみの波に浴(あ)みし世を
仰ぐ今日こそたのしけれ

三、
天つひつぎの高みくら
千代よろずよに動きなき
もとい定めしそのかみを
仰ぐ今日こそたのしけれ

四、
空にかがやく日のもとの
よろずの国にたぐいなき
国のみはしらたてし世を
仰ぐ今日こそたのしけれ

明治二十六年
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by fumonken | 2012-02-11 15:55 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

寿命について

身体にいいものを食べる。健康を考えて食事をする。長生きをするために、ガンに効くから…。昨今、健康や食に対する意識が高くなっております。

私は少しこの傾向について、思いがあります。日本人の是までの命や寿命についてのとらえ方からすると少々違和感を感じるのです。

そもそも寿命の「寿」とはもともと長い年月という意味があります。「命」とは、いいつける、申しつけるという意味です。そう「命令」という意味です。漢和辞典にはこのように書かれております。なりゆきは天の命ずるところとして運命、ひいては人間の寿命も運命で定まっているとして「いのち」の意となった。

命(いのち)とは「天の命(めい)」なのです。私たちには天命を伸ばすことも、縮めることもできないのです。私たちにできることは天命を全うするために、健康のみならず、人と人の関係などに気をつけることなのです。長生きをするために何かに気をつけるのではありません。

天の命を全うするためというのが本来の日本人の命に対する姿勢であると私は思います。
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by fumonken | 2012-02-04 18:31 | Comments(1)