普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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禅は暮らし

禅の醍醐味は、やはり生活の様式に禅の思想を落とし込んでいるところでしょう。生活そのものが禅であり、禅そのものは生活であるといっても言い過ぎではないと思います。

禅の修行の内容は、坐禅だけではなく、朝何時に起きて、朝課には何のお経を読んで、朝のご飯は何をいただいて、午前は何をするか、午後の作務(お寺の作業)には何をすればいいのか、トイレの時間、おやつの時間、洗濯のできる日、休みの日、春夏秋冬の寝起きの時間など、事細かく決まっています。

そのため、修行を終えて、住職としてつとめるお寺に帰ってからも、修行が続けられるわけです。修行道場でないと修行ができないという事になっていないのです。己が立っている場が即、道場なのです。

修行道場で修行そのものである生活様式を学び、それを己の生活に落とし込むわけです。そういう意味で禅は世界に広がりやすかったと言えます。もしあなたのお近くに禅宗のお寺があったら、是非、一度たずねてみてください。あなたの生活のなかにあなたにあった様式で、禅を取り入れるヒントをくださるはずです。
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by fumonken | 2011-10-30 20:41 | 禅・仏教について | Comments(1)

あれから、ひと月

トラの具合が悪くなり、元気を取り戻したのですが、先日から急変し、また生死をさまよう状態になってしまいました。でもこれも自然の流れで逆らうことはできません。できる限り、いっしょにいてやるだけです。何とか今日ももったのですが、トラの目はもう見えないんじゃないでしょうか。しっぽはもちろんのこと、頭も下がったままで、まっすぐには歩けない状態です。

ひと月前の事があるので、今回は私の方も、落ち着いて対応できています。無縁仏さんの奥にでもお墓をつくってあげようかと思います。

トラにはずいぶんと助けてもらいました。今では正直にいいまして、早く楽になっていいよと言いたい気分です。
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by fumonken | 2011-10-29 21:27 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

今日の寅次郎

飼い犬の寅次郎の調子が悪くなってから約ひと月が過ぎました。最近、少しずつ元気になってきていたのですが、やっぱり体重が増えません。げっそりとやせていて、ご飯を食べたときは、元気なのですが、ご飯を食べていない日は、よたよた歩きです。

今日はまたあのときのように調子が悪いようです。何とか三度、元気になってくれるといいのですが。
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by fumonken | 2011-10-27 17:11 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

独裁者が殺害されて祝賀会

独裁者として四十二年間、リビアに君臨していたカダフィ大佐が殺害されたそうです。私はカダフィ大佐がどのような政治家・軍人で、どのような独裁体制を敷いて、政を行って来たかはわかりませんが、私はそこ末路に栄枯盛衰、自業自得、因縁の世界観を感じます。

ただ、独裁者であれ、犯罪者であれ、一人の人間が殺害されたことに対して、人々が大規模な祝賀会を開い、祝う気持を共有する。そこに大いなる違和感を感じます。イラクのフセイン大統領、イタリアのムッソリーニ首相、ルーマニアのチャウシェスク大統領にしても、殺害、処刑という末路は受け入れられるのですが、それを人々がこぞって祝う。

日本人はその歴史において、かつてそのような行為を人々があつまって行ったのでしょうか。罪を許せない。絶対に許せない。しかし人々が集まってわざわざ祝うというのはどうも理解に苦しみます。

日本は死んだらみんな仏さんだ。みんないっしょだという死生観があります。例え独裁者であろうと、犯罪者であろうと、死んだことを祝うということに違和感を抱くのは、平和ぼけだからなのでしょうか。
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by fumonken | 2011-10-21 09:19 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

近代を思う

最近、よく近代について考えます。近代とはとても大きな話題になりますので、ここでは近代的な思考を話題にしたいと思います。

近代的思想の根本、ドグマは、合理的、進歩的、革新的、科学的、実在的であるかどうか。これにつきると思います。思い返してもらうとおそらく、みなさんの思考の根本、実行の判断材料は合理的、進歩的、革新的、科学的、実在的であるかどうかで、そうであれば実行に移り、そうでなければ実行に移らない。

最近、こんなふうに思います。
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by fumonken | 2011-10-16 15:21 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

クーポンについて

先日、友人と話をしていて、私の方から禅では禅定を大切にする。禅定とは簡単に言うと心を静めて見つめ直すという意味合いです。そんな話をしていました。そのとき、友人は興味深い事を言っておりました。

今、クーポンがによる商法がまかり通っているが、あれは人に考える時間を与えない商法だというのです。言われてみればそうですね。今週中に買えばお得です。何時までに買えばお得です。今買えばお得。これがクーポン商法です。それが必要かどうか、考える時間を与えない。必要かどうかが大切ではなく、得か損か。これだけです。

いわれてみれば、エコポイント。あれは政府によるクーポン商法でしょう。私たちの多くはその得か損かという判断材料を最上のものとして生きています。というよりもそれすら気づいていないのかもしれません。なぜなら心を静めて見つめ直す時間よりも、得か損かを重視するからでしょう。
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by fumonken | 2011-10-13 15:08 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

格差社会デモ

世界的に格差社会デモが行われています。

私の師匠の師匠にあたる盛永宗興老師は悟りのことをこうおっしゃっております。

「お釈迦様がお悟りを開かれ、そしてお説きになった言葉は、お釈迦様の単なる思想ではありませんでした。悟りを開くと言うことは、自分を「ゼロ」にしてしまって、すべてのものと一体になるということ、それが悟りということです。したがってお釈迦さまが悟りを開かれたときには、見ている自分と、見られている全てのものとの間の差がとれてしまっている。差(さ)取(と)りです」

老師は悟りを「差取り」と仰っております。

二十世紀より近代社会は差をつけることに重きを置いてきたように思います。それを個性といいます。個性的な人、個性的な商品、個性的な生き方。一見魅力的ではあったこの個性という考え。しかしその裏の面がまさに「格差」だと私は思います。

「無我」は仏教において最も大切な真理です。
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by fumonken | 2011-10-07 17:25 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

今日の寅次郎

大変有り難いことに、この数日間、寅次郎は元気を取り戻しつつあります。身体の方はまだがりがりですが、少しずつものも食べ始め、生きる気力が回復しつつあります。

たくさんの人から励ましの言葉や、助言をいただき、みんなの力をいただいて復活しつつあります。一人で境内の中を散歩に出かけたり、玄米も食べ始めています。

お医者さんには、(医学的)治療をしなかったらとても危険、二、三日もつかわかりませんと言われましたが、みなさんのおかげでなんとかもってくれたんじゃないかと思っています。

まだ予断は許しませんが、生きる気力はみなぎりつつあります。
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by fumonken | 2011-10-06 09:54 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

入寺式

昨日は兄弟弟子の入寺式(にゅうじしき)のお手伝い、出頭に行って参りました。

入寺式とは、僧侶が住職としてお寺に入る式のことです。本来、僧侶が住職になるということは、修行の行脚を終えた僧侶に、寺院の方から是非、この寺の住職として入っていただきたいということです。

入寺式もその形を受け継いでおり、新しく住職になる僧侶は、行脚の様相でお寺に参ります。そして住職に就くにあたってお経を読んで、おしまいです。式自体は三、四十分ほどです。

式が終わった後は、祝辞や謝辞、祝宴になります。

先日ご紹介した、僧侶となる得度式。そして今回住職となる入寺式。お寺にとって年中行事ではありませんが、誠に大切な行事として位置づけられます。
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by fumonken | 2011-10-03 10:37 | 禅・仏教について | Comments(0)

トラが少し元気になりました

昨日、東京から投宿された方が日帰りでお見舞いに来てくれました。彼女は来るときにいつもロールパンをトラにもってきてくれます。今回も同じようにロールパンをもってお見舞いに来てくれました。

私は固形のものはもう食べられないと思っておったのですが、トラがむしゃむしゃ食べるのです。引きちぎるように食べました。そのことを信頼おける友人たちに話すと、まずは食べると言うことはとても大切なこと。まずは食べ田家と思うものを食べさせていき、徐々に玄米をベースにした療養食に持って行く工夫をしようと、助言してくれました。

昨日までどうやって玄米に持って行くか。試行錯誤していたのですが、ロールパンが大きな光になりました。

食パンは食べないけど、ロールパンは食べる。そのことを相談すると、バターの臭いで食べるんじゃないかと言われ、ミルクで玄米おかゆを作り、バターも少しとかしてみたらと言われ、そうしてみました。

今朝、「ミルク玄米おかゆバター入り」をぺろぺろと食べます。そんなに量は食べませんでしたが、ようやく玄米を食べてくれました。これまでたくさんの人から助言をいただき、この数日で私自身も成長したように思います。

まだまだよたよた歩きですが、これまで下がりっぱなしだったしっぽもくるっと立ったりするようになりました。
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by fumonken | 2011-10-01 09:15 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)