普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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「仕事」のもともとの意味…日本

さて我が日本です。「働く」。この漢字は昨日申し上げたとおり、日本で作られた国字です。「人が動く」ということを表したいと思い「働く」という字を作ったわけです。
「はたらく」と読みます。これは「はたを楽にする」からきているといわれております。定かではありませんが、働くことの意味合いを再考するに、的を得ていると思います。

「仕事」は「事に仕える」と書きます。「仕」という字は「人」+「士」です。「士」とは学問と道徳を修めた人という意味です。「仕える」とは大切な「人」の横 でしっかり立つ「士」を表しているそうです。「士」ですから、「下男」でも「奴隷」でもありません。むしろ学問と道徳、教養を身につける「人の道」を修め ようとする心構えが必要なんです。

もし「仕事」が苦痛であれば、人はその代償を求めるでしょう。自分の生き甲斐なのだとか、あれがほしいから、お金のためだからしかたないなどと。

で も違うんです。いいですか、日本の若人のみなさん、私たちの祖先は仕事とは罰でもなければ、苦痛とも、働かされているともとらえていなかったんです。日本 人にとって「仕事」は、他の人のために動く、他の人のために仕えることなんです。自分のためなんかじゃありません。それは日本は無我の世界観だからです。
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by fumonken | 2011-07-31 21:27 | 日課抄・歳時記 | Comments(1)

「仕事」のもともとの意味…中国

驚くことに中国語には「仕事」という字はありません。「働」という字もありません。中国では仕事のことを「工作」といったり、「労動」というそうです。実は「働」という字は漢字ではなく国字(日本でつくられた字)なんです。ですから「労働」ではなく「労動」になります。ちなみに「工作」も「労動」も近代に入って日本より輸入した言葉です。つまり西洋の概念の言葉です。

私の信頼おける、尊敬する中国人の友人Oさんによると、「工作」も「労動」という字にはサラリーマン的仕事に対して使うそうで、農業や職人の仕事に対しては使ってこなかったそうです。それでは清朝の時代「仕事」に言葉は何を使っていたのか。清朝までは90%近くの人々は農民でした。ですから「仕事」を表す言葉としては「作」や「耕」という字を使っていたそうです。

事実、禅語にこんな言葉があります。「一日不作一日不食」。

「一日作(な)さざれば、一日食らわず」と読みます。Oさんによると仕事を表す「作」という意味には、西洋のような奴隷や苦痛という意味合いはないそうです。古代中国においてもともと「仕事」とは、何かものをこしらえる、ものをつくることを指したようです。それでは我が日本ではどうなのでしょうか。
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by fumonken | 2011-07-30 19:38 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

「仕事」のもともとの意味…西洋

縁あって、半年ほどフランス人が普門軒に居候としておりました。もうお帰りになりましたが、語源に詳しいこともあって、いろいろと西洋の言葉の概念を学ばせてもらいました。

「とらばーゆ」という就職雑誌がありますね。あの「とらばーゆ」ですが、知っている方もおられるかもしれませんが、フランス語の「仕事」という意味に当たる「travail」からきております。スペイン語では「trabajo」、ポルトガル語では「trabalho」といいます。この「travail」はラテン語の「trepalium」が語源だそうです。その意味大変驚いてしまうのですが、「拷問の道具」という意味だそうです。

アルバイトという言葉は、みなさんよくご存じの通りドイツ語の「Arbeit」ですが、ノルウェー語で「arbeid」、デンマーク語で「arbejde」、スウェーデン語で「arbetet」。この「Arbeit」の語源はゲルマン語の「arba」だそうです。その意味も大変興味深いのですが、「下男、奴隷、家来」という意味だそうです。

仕事という言葉に、「拷問の道具」、「下男、奴隷、家来」、「苦痛」という側面をもつ。これはキリスト教世界ではもともと仕事は罰であるという側面があります。アダムとイブは神様の約束を破ったがために、地上の楽園を追い出されます。つまり食べていくために自分で働かないといけなくなったわけです。

神様は罰として男性には「travail」つまり「仕事」という罰を与えたます。そして女性には「陣痛の痛み」を罰として与えたそうです。おもしろいことにフランス語で「陣痛」のことを「travail」といいます。

最後にもういっちょ。英語の仕事は「labor」ですね。この語源はラテン語で苦役、苦痛の意の「toil」だそうです。ちなみに英語でも「陣痛」のことを「labor」といいます。

それでは、日本語の「仕事」という意味はなんでしょう。これは次回に回しましょう。
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by fumonken | 2011-07-29 19:09 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

悟りの宗教

宗教は一般的に人々の救済をその教えのテーマにしている場合が多いです。キリスト教やユダヤ教、イスラム教にしても、その教えは人々の救済です。神道の教えも救済をテーマにしてしていると言えます。

しかし仏教は誤解をおそれずにいいますと「悟りの宗教」です。「覚り」と書いてもいいでしょう。それは「気付き」といっても良いですし、「自覚」といってもいいでしょう。それは何を悟るのか、何を自覚するのか。それはこの世の真理を「悟り」、この世の真理を「自覚」するということです。

たとえば仏教では、この世(すべての現象)のは、直接(因)にも間接(縁)にもそれぞれ関わり合って(関係性において)生滅変化していると考えています。これを「縁起説」といいます。

こういった仏の教えを「自覚しない=無明である」ので人は苦しみ、悩むと考えます。故に仏教はその真理を己自身で自覚しなさい、悟りなさいと説くのです。それが仏教が「悟りの宗教」といえるゆえんです。
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by fumonken | 2011-07-27 22:24 | 禅・仏教について | Comments(0)

我慢と辛抱

「我慢」は、仏教の言葉です。仏教で「慢」は、思い上がりの心をいい、「我慢」は、自分に執着することから起こる慢心を意味し、「高慢」「驕り」「自惚れ」などと同義語でした。
そこから意味が転じ、我慢は「我を張る」「強情」などの意味で使われるようになりました。
さらに、近世後期頃から、現在使われている我慢の意味となった。

一方、「辛抱」は、辛いことや苦しいことを、堪え忍ぶことです。この世に生を受けこの世を去る時まで、心を修める一生のさだめ(法、修行内容)を、心法と言ます。この心法が、辛抱の語源とも言われております。辛抱を仏教の用語に置き換えると「忍辱」といい、六波羅蜜(ろくはらみつ)、仏教者の六つの徳目でもあります。

これらの意味合いから、我慢という姿勢は後ろ向きで、辛抱という姿勢は前向きで向上心が伴うと言われます。ですからお寺では、我慢強いではなく、辛抱強い人間になりなさいということばを使うのです。
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by fumonken | 2011-07-20 20:35 | 禅・仏教について | Comments(0)

達磨さんの教え

達磨様は日本でも大変親しまれている方ですが、実は禅宗を開かれたお坊さんと言うことを知らない方も多いようです。お釈迦様から数えまして二十八代目の法を嗣いだお坊様です。

その達磨様の教えに、「二入四行観(ににゅうしぎょうかん)」というものがあります。仏道の道に入るための道は二つの入り方(二入)があるというものです。

一つ目は「理入(りにゅう)」、これはお釈迦様の仏法の根本の理り(ことわり)を深く知る道です。しかし深く究めたとしてもそれだけでは絵に描いた餅でしかありません。二つ目は「行入」です。お釈迦様の仏法は追体験によって体で会得しなければわからないと述べておられます。これを「修行」といいます。

頭でっかちでもいけないし、体だけでもいけないよ。まさに文武両道。このバランスが仏道を修める上でとても大切な点なのです。
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by fumonken | 2011-07-10 05:06 | 禅・仏教について | Comments(0)

お釈迦様の遺言…『知足』

お釈迦様は二十九歳で出家し、国中を歩かれ、その教えを広める旅に遊行されたのです。当時のインドは戦国時代でした。弱肉強食の時代にもかかわらず、お釈迦様は数千人、時に数万人の規模のお弟子様方とともに、教えの旅をされていたのです。

お釈迦様は八十歳で亡くなります。弟子のチュンダが差し出した団子を食べられた後、激しい腹痛と下痢におそわれ、結果としてこれがいこれが命取りになったそうです。一部のお弟子様がチュンダを責めましたが、お釈迦様はそれを止められ、チュンダに罪はないと仰られました。そんな中最後の説法が行われました。この様子を記したお経が「仏遺教経(ぶつゆいきょうぎょう)」です。

お経の中で、我が滅後において戒律を保って、放逸な人生を陥らないようにこんこんと諭されます。そして、多欲の人は人並みでない利を求めるが故に苦悩も又多いとお釈迦様は申されます。
「小欲を行づるものは、心即ち丹然として、憂畏する所無し、事に触れて余り有り。常に足らざること無し。小欲ある者は涅槃あり。是を小欲と名づく。汝等比丘(びく)、若し諸々の苦悩を脱せんと欲せば当に『知足』を観ずべし。『知足』の法は即ち是れ富楽安穏の所なり」と教えられたのです。

仏教はこの『知足』の教えから、これまで『清貧(せいひん)』の思想を大切にしてきました。中でも禅はこれを貫くことを尊ぶべしとし、枯淡(こたん)を持って禅の生き方の理想としてきました。
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by fumonken | 2011-07-05 07:56 | 禅・仏教について | Comments(1)

国泰寺管長猊下をお迎えして

臨済宗の多くの一般寺院は、妙心寺派、大徳寺派といったような派に属し、本末関係にあり、普門軒は富山県高岡市にある国泰寺を本山とする国泰寺派の末寺です。

本日、本山国泰寺の澤大道管長猊下をお迎えいたしました。私は普門軒の住職を拝命してから三年半経ちますが、管長猊下にはじめてお越しいただくことになり、それはそれを有り難い限りでした。

今、普門軒に居候しているフランス人の子と、たまたま日本に旅行に来ているその友達にお茶出しなどの手伝い、抹茶やお菓子の準備の方は知人にお手伝いいただき、さらに閑栖和尚(かんせいおしょう:隠居された和尚)にも来ていただきまして、骨山(こつさん:豊かではないお寺)ながら、管長猊下をお迎えすることができました。

本当に好き経験をさせていただきまして、管長猊下を始め、ご一行の国泰寺檀家様のご厚意を忘れぬよう、これからも精進して参ります。
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by fumonken | 2011-07-03 15:42 | 日課抄・歳時記 | Comments(1)

「伝統的体得」と「個人的体験」

非常にお恥ずかしいことに六月のブログは一本だけ。これではいけないと言うことで奮起しまして、禅仏教の基礎知識をここで書いていこうと思います。実は先日、法話の講習会に行きまして、講師の和尚様からいただいた参考書を元にお伝えしていこうと思います。

思いますが、一言、先に申し上げておきたいことがあります。仏教とは宗教です。宗教とは思想です。思想とは世界観です。世界観とは、見えるもの、見えないものもふくめた、ものの見方、とらえ方のことです。

歴史的に世界観は、地域、社会、階級、国家、民族などによってある程度の枠組みの中で体系的に成立しておりました。しかし現代は、きわめて多種多様であって、それぞれ人によって違うものであるといえます。その理由を私はこう考えます。

■個人個人の体験による世界観の形成
世界観は地域、社会、階級、国家、民族などのその人が所属する伝統的体系的教えの体得によって形成しておりましたが、現代はその人がそれぞれ個人個人の体験によって形成しているといえます。

■宗教は伝統的体系的教えの体得による世界観の形成
逆に言いますと仏教は、個人の体験ではなく、伝統的体系的教えの体得によるですから現代的ではありません。このことをまずふまえておきたいです。

これは教えに盲目になれと言うわけではありません。仏教では教えに盲目になれという教えはありません。これからこの場を借りてそういうことも書かせてもらうことが、みなさんにとって、あー仏教ではこんなふうにものごとをとらえるのかーと感じてもらえればと思います。私はこの世界をあなたも持ちなさいとは言うつもりは毛頭ありません。もし仏教的世界観で生きたい、仏教的世界観に興味をもったと思った人はいろいろご質問くれればと思います。

その教えはおかしいとか、その世界観は間違っていると言った質問は、単なる論争にしかなりません。その場合は逆に、私はこんな世界観ですよと伝えていただければ、こちらもそんな世界観があるんだなと見聞が広がります。

ただしあらためて念を押したい前提は、それぞれ人々の世界観の形成には「伝統の体得」と「個人の体験」による二つの方法があるということ。それぞれみなさんの立ち位置を確認してほしいということです。

それでは次回から仏教の世界観をご紹介します。
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by fumonken | 2011-07-01 13:39 | 禅・仏教について | Comments(0)