普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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日本型システムの信頼崩壊

こんなニュースを見ました。「日本型システムの信頼崩壊」。韓国の新聞にこういう見出しの記事が載ったそうです。大学入試の携帯メールによる大規模な不正の発覚、「消えた高齢者問題」や、検察官による証拠改ざん事件などを挙げ、「過去に想像もできなかったモラルハザード型犯罪が相次いでいる」として、「日本型システムの信頼崩壊」と報じているそうです。

私もうかつでした。道徳の崩壊も日常茶飯事になったせいで、入試の事件も当たり前のように感じておりましたが、長い目で見てみると、これらは一事件ではなく、日本社会の信頼崩壊といえると痛感いたしました。これらをどうするのかという問題がありますが、まず、日本人がそのことを痛感しなくてはならないでしょう。
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by fumonken | 2011-02-28 18:45 | Comments(0)

中東情勢に思う

1989年。東欧の共産主義世界が崩壊しました。そして1991年ソビエト連邦が崩壊しました。テレビでは連日、反政府デモの様子が流れたり、建物が燃えていたり、軍部の動きや、政治のトップが亡命、つるし首などが流されていたのを覚えています。私はちょうど高校生から大学生のころでしたが、地理の時間などで学んだソ連が崩壊し、この世からなくなるなんて想像もできませんでした。

その頃の私の知識の中で、東欧が独裁体制であったとか、ソビエト連邦による虐殺や政治的圧力があったとかいうことはその時初めてしました。

今、中東、アラブ世界に大きな動きが現れています。あの頃を思い出します。エジプトやリビアなどが独裁体制であるとか、そんなことはあまり知りませんでした。東欧の時と同じだななんて思っています。ただ、今回の中東の騒動は、東欧の共産主義世界が崩壊したようなことになるのでしょうか。
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by fumonken | 2011-02-22 12:44 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

裏門の整備

二回目の投宿の方といっしょに裏門の整備をしました。門柱として、廃材の木を立てて、竹垣を作りました。
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by fumonken | 2011-02-17 20:40 | 作務 | Comments(1)

国民国家その一

先日二月十一日は紀元節でした。以前にも書いたが、建国記念日ではなく、建国記念の日です。戦前までは紀元節とよびました。私は紀元節には、とくに「日本国」のことを考えるようにしています。日本の文化や伝統ということでなく、とくに「国」という観点で考えるようにしています。これに関して「危ない」とか「偏向している」といういらっしゃったら、どうぞ法律を読んでください。祝日法の第二条には、建国記念の日の趣旨について、「建国をしのび、国を愛する心を養う。」と規定しています。

「国とは何か」という問いに、未だ私は日本国をして回答がみつかりません。歴史的に見て、今、私たちがとらえる国という概念はどうみても西洋の概念です。「国家」とは、国として領域と人民を定め、それらに対して統治権を有する政治的共同体です。領域(Territory)と人民(nation)、権力(Executive)は国家として要素といえる。このとらえ方は、フランス革命以後の「国民国家」としてのとらえ方のことです。私はこの「国民国家」という「国」のとらえ方、とくに日本を「国民国家」としてとらえることに、非常にいぶかしさを感じるのです。
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by fumonken | 2011-02-12 12:17 | 日課抄・歳時記 | Comments(2)

コメントありがとうございます

普門軒のブログもけっして多くの方々とは言えませんが、いろいろな方が読んでくださっております。またいろいろコメントもちょうだいしております。コメントはすべて公開させてもらっています。北方領土について書かせてもらいましたが、コメントをちょうだいしました。ありがとうございます。コメントについて少し私の補足をさせてもらいます。

私が常々思っていることは、歴史を一時代の感情で見ることを避けたいという思いです。ロシアについて火事場泥棒というのは感情的な表現でした。気分を害した方がおられましたら申し訳ありませんでした。

京都御所には、いつの時代のものかはわかりませんが、古い盾と矛が陳列されています。日本中のお城にも刀や鎧が陳列されております。仏法を守る守護神として武器を持った四天王がいらっしゃいます。

私は戦後の日本人は「守る」ということを真剣に考えてきたのか多々疑問を感じます。交通ルールを「守る」、法律を「守る」、マナーを「守る」、道徳を「守る」、家族を「守る」、地域を「守る」、故郷を「守る」、伝統を「守る」、国を「守る」。いろいろ「守る」ものがあります。人は「守る」ということを真剣に考える時期を持たなくてはなりません。それを怠ると「攻め」と「守り」の区別がつかなくなります

権利を主張することは自分を「守る」ことのか、社会秩序に「攻める」ことなのか。

私は僧侶として申し上げます。その「見方」「とらえ方」というのは、自分の経験で見つけていくものではなく、伝統や、文化、信仰に随って体得していくものだと申し上げたい。
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by fumonken | 2011-02-09 20:11 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

北方領土の日

今日、2月7日は北方領土の日です。私の承知している事実だけ書きます。

1855年2月7日に日魯和親条約が江戸幕府とロシア帝国との間に結ばれました。この条約において日露の国境を定めました。
一、日本とロシアとの国境を択捉島と得撫島の間とする。
二、樺太においては国境を画定せず、これまでの慣習のままとする。

1875年5月7日の樺太・千島交換条約で千島列島は日本領に、樺太はロシア領になりました。

1905年9月5日の日露講和条約(日露戦争の講和条約)において、ロシアは樺太の北緯50度以南の領土(南樺太)を永久に日本へ譲渡することになりました。

1945年8月11日、日ソ中立条約を一方的に破って、突然ソ連軍が南樺太に侵攻。8月25日に占領。8月28日から9月5日にかけて千島列島を占領。

1951年9月8日のサンフランシスコ平和条約において、日本は南樺太、千島列島の領有権を放棄しました。これによって南樺太と千島列島は国際法上は現在、どこの国にも属さない事になっています。この千島列島という概念に北方四島が含まれるか否かという問題があります。

いずれにしてもみなさんご承知の通り、大東亜戦争は8月15日に戦闘を終結しております。ソ連はその後、千島列島に侵略して、今もって不法占領しているわけです。ロシアの行為は火事場泥棒です。それが歴史の上の事実です。
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by fumonken | 2011-02-07 20:40 | 日課抄・歳時記 | Comments(2)

この国のこころ・・・義について(二)

義について。損得を越えた人間の行為が義です。また儒教において義はもっとも大切な徳のひとつです。価値は相対的で、社会、時代、世代、数値、また個人など条件によって変化します。しかし徳とは絶対的であり、その観念は変わりません。たとえば、損得を越えた人間の行為である義とは、時代を超えても、世代を超えても徳として認識されるわけです。

明治時代、ideologyという概念が入ってきました。これを日本語で「主義」と翻訳しました。またjusticeという概念も入ってきました。これを日本語で「正義」と翻訳しました。翻訳したと言うことは新たに日本語を作ったと言うことです。

「主義」や「正義」という観念は「徳」ではありません。なぜならこれらの内容は社会、時代、世代、数値、また個人など条件によって変化します。あなたにとって自由主義でも、違う人にとっては単なる自分勝手かもしれません。あなたにとって正義でも、相手にとっては悪かもしれない。つまり主義や正義はあくまでも価値観なのです。これはとても大切な視点なんです。

東洋思想の根本は無我です。無我だからこそ、個人的価値観、時代的価値観を廃した「徳」という観念をもうけました。「大いなる犠牲」を「美しさ」ととらえ、損得を越えた行為を「義」という人として守るべき徳とした東洋の人の道をもう一度見直、実践すべきです。
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by fumonken | 2011-02-06 17:21 | Comments(2)

この国のこころ…義について(一)

「和尚様は、「我」を慎むより「義」を語っていただきたい」。こんなコメントをいただきましたので、少々、義についてお話しさせていただきます。

「義」という字。義は美しいを表す「羊」という字と、「我」という字から成り立っています。義とは「美しい我」ということです。それでは美しいとはどういう事でしょうか。

美しいを表す「羊」。『論語』に「羊」は宗教的祭式において献物として利用された動物として、「犠牲の動物」の意味が述べられております。東洋的美とは大いなる犠牲という観念なのです。

つまり「義」とは、「自己犠牲」という意味になります。己のためではなく、人々のため、名誉のため、誇りのためなどに対して命をかける行為を指すわけです。「義」は儒教においてもっとも大切な徳のひとつです。損得を越えて、正しい行いを守ること、悪を恥じること、己の命をかけて行う崇高な行為こそ「義」なのです。
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by fumonken | 2011-02-05 21:57 | Comments(0)

ポリュビオスの『政体循環論』

今、ヨーロッパ人を預かっております。その方といろいろ話をしていると、本当にためになります。自分が日本人、東洋人であることを、この年になって、あらためて気づかされます。最近、こんな事を教えてもらいました。

ポリュビオスの『政体循環論』
ポリュビオスは古代ギリシアの歴史家です。彼は著書『歴史』で、政治体制の流れを説明しております。その政体循環論では、政治体制には『王政・貴族政・民主政』の三つがあるとし、同じ政治体制が長期間継続すると、権力機構が腐敗したり、社会制度が老朽化したりすることで必然的に堕落するととらえました。

王政→僭主政(せんしゅせい:独裁政治)→貴族政(特権階級政治)→寡頭政(金権政治)→民主政→衆愚政

こうやってみると政治とは支配体制、統治体制という意味であるということがわかります。ちなみにデモクラシーは英語でdemocracyと書きますが、cracyはギリシアの言葉でkratiaといい「支配」の意味だそうです。今の日本は民主制が堕落した衆愚政の段階であることがわかります。

ちなみにポリュビオスは、自分たちの頭で考えて意思決定することを放棄した大衆は、英雄的な人物へと権力をゆだねて再び、王政が始まると述べております。
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by fumonken | 2011-02-02 17:13 | 日課抄・歳時記 | Comments(1)

明治の言葉

学校、学生、体操、運動、論文、出版、常識、理想、保険、栄養、業務、意識、進化…。
人民、解放、社会、主義、改革、革命、階級、闘争、民族、民主、主義、同志、進歩、思想、理論、国際、社会、存在、自然、権利、自由、憲法、個人、近代…。
これはほんの、ほんの一部ですが、明治時代に日本人が西洋の言葉を訳した漢字です。

人民解放軍、社会主義、階級闘争と聞くと、まさに今の中国のスローガンのような感じですが、実は西洋の概念であり、翻訳者が日本人であると言うのはちょっと複雑な感じがします。

ちなみに天安門広場の「広場」も日本人が訳した漢字だそうです。逆に言いますと、現代の私たちが使っている言葉の多くが西洋文明、西洋概念の言葉だと言うことがわかります。そうそう「恋愛」もそうですよ。
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by fumonken | 2011-02-01 12:06 | Comments(0)