普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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この国のこころ…誇りと権利

私は個人の権利よりも、人としての誇りを高きにおくべきだと考える。少なくとも私はそう生きたい。権利とは結局、個人にとっての損得である。誇りとは何か。このことを考えてみると少し不思議な感じがするが、こんなことを思う。誤解を恐れずにいうと、誇りとはおよそ基本的人権によって侵すことのできない、生きる源泉のことだと思う。

逆の言い方をする。現代の日本人を作る日本国憲法は、自由権、精神の自由、表現の自由、経済の自由、身体の自由、刑事裁判の公開原則と刑事被告人の権利、法の下の平等、社会権、労働基本権、参政権、国務請求権、受益権、男女平等…など、上げれえばきりのない権利を日本人に保証する。しかしこれだけの権利を有している人間を見て、誇り高き人と思うだろうか。いくら権利を有しても誇り高き人間は作られない。権利はあるなしの問題だ。ある方はいい、ない方は悪いという置かれた立場や状況の問題だけである。

たとえば、車を運転する。交通ルールや道路、ガードレール、信号そういうものが整備されていた方が運転しやすい。しかし整備されすぎると、そういう環境を整えてもらわないと運転できない人間が作られる。権利とは生きやすいかどうかのインフラのようなものだ。運転するのは自分だ。運転するのは自分が有している力だ。

誇りとは立場や状況ではない。生きる源泉のことだ。運転するぞと言う力だ。

この国は戦後六十五年にわたり、個人がどうしたら生きやすいかという環境作りだけした。人としてどう生きるのか、生きる原動力をどう持つか、どう養っていくかを忘れた。その結果が今の日本人である。特に六十五歳以下の日本人はその傾向が顕著である。今、ナビがないと運転できない日本人が増えているという。実に嘆かわしい。
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by fumonken | 2010-11-17 18:46 | Comments(0)

永代供養塔づくり

無事、九月に方丈前の庭が完成しました。次なる作務はなんと永代供養塔づくりです。これも私の悲願であります。あるお寺さんでは永代供養塔をもうけ、永代供養の方のみが入られるのではなく、檀家さんのお遺骨の一部も分骨して、その中に一緒に入っていただいているそうです。つまり、代が途絶え、お墓参りに来られる方がいなくなったとしても、永代供養塔に分骨されているので、誰かがいっしょにお参りをしてくれる。一人ではないというこななんです。無縁さんにはならないわけです。私もそのやり方に感銘を受け、また大乗仏教ならではです。みんなで彼の岸に渡るんです。

ならば自分でこしらえてやろう。

これが普門軒和尚の普門軒和尚たるところです。今、一緒にお手伝いをしてくださる方といっしょに、永代供養等の前の石畳を並べました。きれいに並べることができました。これからいよいよ、石垣を組んで、お墓をこしらえていくわけです。
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by fumonken | 2010-11-16 20:41 | 作務 | Comments(0)

幕末の

1853年にアメリカ艦隊黒船が来港します。それから15年の後、明治維新(1868年)を迎えます。黒船が着たから日本の幕末は始まったと思っている方が多いと思います。実は外国の船は1700年代後半から黒船来港までの約50年間、頻繁に来船しているんです。

1792年 ロシア使節ラクスマン、根室に来航
1804年 ロシア使節レザノフ、長崎に来航
1806年 ロシア軍人レザノフの部下フヴォストフら、蝦夷地北辺を襲撃
1806年 文化の薪水給与令(とりあえず薪と水はあげますからお帰りください)
1808年 イギリス艦船フェートン号事件
1811年 ロシア軍人ゴローニン事件
1816年 イギリス軍艦ライラ号・アルセスト号、琉球に来航
1818年 イギリス人ゴルドン、浦賀に来航
1825年 異国船打ち払い令(もう堪忍ならん。異国船は打ち払うぞ!)
1828年 シーボルト事件
1837年 大塩平八郎の乱(幕府官僚の反乱)
1837年 アメリカ商船モリソン号事件
1839年 蛮社の獄(幕府による言論弾圧事件)
1840年 アヘン戦争(イギリスに清国がめった打ちにされる)
1841年 天保の改革(幕府財政の再興を目指した改革。3年で失敗)
1842年 天保の薪水給与令(やっぱり薪と水だけはあげますから帰ってね)
1843年 イギリス軍艦サマラン号、八重山諸島に上陸し測量
1843年 阿部正弘、25歳で老中(首相)
1844年 フランス軍艦アルクメーヌ号、琉球に来航
1844年 オランダ国王、幕府に開国を勧告
1845年 イギリス軍艦サマラン号、再び長崎に来航
1845年 幕府、海防掛(海軍)を設置
1845年 アメリカ捕鯨船マンハッタン号、浦賀に来航
1846年 アメリカ使節ビッドル、浦賀に来航
1849年 アメリカ軍艦プレブル号、アメリカ人漂流民救出のために長崎に来航
1849年 イギリス軍艦マリナー号、浦賀・下田に来航し測量
1852年 オランダ商館長、翌年のアメリカ艦隊来航を通告
1853年 アメリカ艦隊黒船来港

そうそう、最近、日本の領海内で異国船が攻撃してきたり、不法占拠されている日本の領土に、不法占拠している国の元首が訪れたり、きな臭いことが起きていますね。今は幕末で言うとどのあたりに位置づけられるのでしょうかね。
今度の「流出ビデオ」。大塩平八郎の乱でしょうか。
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by fumonken | 2010-11-07 22:30 | 日課抄・歳時記 | Comments(1)

この国のこころ…教育に関する勅語

朕、惟(おも)うに、我が皇祖皇宗国を肇むること宏遠(こうえん)に、徳を樹(た)つること深厚なり。
我が臣民、克(よ)く忠に、克く孝に、億兆(おくちょう)心を一にして、世世厥(そ)の美を済せるは、此れ我が国体の精華にして、教育の淵源(えんげん)、また実に此(ここ)に存す。

爾(なんじ)臣民、父母に孝に、兄弟(けいてい)に友(ゆう)に、夫婦相和し、朋友相信し、恭儉(きょうけん)己 れを持し、博愛衆に及ぼし、学を修め、業を習ひ、以て智能を啓発、徳器を成就(じょうじゅ)し、進で公益を広め、世務(せいむ)を開き、常に国憲を重んじ国法に遵(したが)い、一旦緩急あれば、義勇公に奉じ以て天壤無窮(てんじょうむきゅう)皇運を扶翼(ふよく)すべし。

是の如きは独り朕が忠良の臣民たるのみならず、また以て爾祖先の遺風を顕彰するに足らん。
斯の道は実に我が皇祖皇宗の遺訓にして子孫臣民の倶に遵守すべき所、之を古今に通じて謬(あやま)らず、之を中外に施こして悖(もと)らず。
朕爾臣民と倶に拳々服膺(けんけんふくよう)して咸(みな)其の徳を一にせんことを庶(こい)幾(ねが)う。

明治二十三年十月三十日 御名御璽

※原文には「、」や「。」はありません。平仮名ではなく片仮名が使われています。また漢字は旧体字です。
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by fumonken | 2010-11-02 17:33 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

本当に小さいお寺

先日、他のお寺さんに用事があり出かけておりました。あらためて普門軒は小さいお寺だなーと思った次第です。建物は本堂と庫裡。本堂といっても小さな本堂。普通の一軒家よりもも小さな庫裡。由緒もあるわけではなく、指定文化財のようなお宝があるわけでもありません。

でも私はこの寺が大好きです。檀家も三十軒もみたないこんな小さなお寺が、平成の御代まで伝わってきたという意味で誇りさえ感じます。今の常識で考えれば、普門軒ほどのお寺は、いわゆる兼務寺になってしまう規模のお寺です。兼務寺とは、その一ヶ寺では財政的に住職をつくのが難しいので、大きいお寺の住職に職務を兼務してもらっているお寺のことです。財政的にという言葉はまちがっておりますね。これまでもその規模でお寺を維持してきたわけですから、住職が普通の人たちと同じ暮らしをしていくのに、困難な財政規模といった方が正しいと思います。

いずれにしても私の代だけでも、お寺として風格といいますか、空気をちゃんと伝えていきたいとあらためて思った次第です。この先、私の後を次いでくれる坊さんがいるかは、私にかかってくるわけです。
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by fumonken | 2010-11-01 20:05 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)