普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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玄関前の庭

この度、お泊まりいただいた投宿者の方に玄関前の庭を作ってもらいました。初めてにしてはとても上手に作ってくれました。又一緒に作りましょう。
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by fumonken | 2010-05-14 13:17 | 日課抄・歳時記 | Comments(1)

商業政策としての記念日

黄金週間が終わり、又日常が始まりましたね。「こどもの日」が過ぎたと思ったら、ちまたでは「母の日」のうたった広告が目に入ります。この「母の日」ですが、「父の日」「バレンタインデー」や「クリスマス」などと同じで、日本古来の行事、風習とは何の関係もない記念日です。単刀直入に言って、商業政策上取り入れた記念日です。「土用の丑の日」と同じです。そもそもカーネーションなんて花は日本にはもともと存在しません。

じゃあ、母親に感謝する思いは日本人にはなかったのか。そういう風習はなかったのか?

祝日法には「こどもの日」の主旨としてこのように書かれております。
「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する。」
また夏の「お中元」の贈り物ですが、これはそもそも子がご先祖様、そして両親に対する感謝の意を込めて、食べ物を贈っていました。戦後ではその対象が仕事関係を中心になっていきました。その方が商業政策上、儲かるわけなんでしょう。この戦後の経済政策中心主義、商業政策中心主義を「どげんかせかせんといかん」と思っているのは私だけでしょうか。
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by fumonken | 2010-05-09 07:58 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

この国のこころ…「自分」という概念

今、日本人は「自分」という言葉を当たり前のように使う。この「自分」という言葉、実は明治以降の新しい言葉と聞く。明治以降と言うことは西洋の概念を日本語に訳した。つまり「自分」という西洋語の概念がそれまでの日本語になかったので、つくったわけである。
それでは、それまで「自分」という概念に近い言葉は何か。それは「我(われ)」「私」「自己」といった言葉になろうか。でも「自分」とはちょっと違うのである。

我という字は「我が儘(まま)」「我慢」「我執」「我見」「我流」といったように、自分中心的な態度は良くないよという意味の言葉ばかりである。

もう少し「自分」を抑える心が今の日本人には必要である。それが戦前までの伝統的な日本人である。
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by fumonken | 2010-05-04 12:48 | Comments(0)