普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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ぬか磨き

囲炉裏の間が完成しました。一部、古材が足りなかったので、新しい材木を使いました。同じ松の床板です。古材の方は長年の床磨きのおかげでツルツルです。一方、新しい方は同じ材でこんなに違うのかと言うくらい、がさがさです。

昔の人は、新しい家具や床には「米ぬか」で磨いたそうです。米ぬかを煎って、さらしに入れて磨いたそうです。これを長年する内にツルツルしていくんです。女性はぬかで洗顔をしたそうです。

私も何年もかけて、ぬか磨きをしていこうと思います。ちなみに写真の左の方がツルツルの古材です。右の方が柿渋がぬってある新しい床材にです。
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by fumonken | 2008-07-30 19:31 | 作務 | Comments(0)

ダメなものはダメ

もうひと月くらい立つでしょうか。秋葉原での無差別殺傷事件。いろいろマスコミ等で取り上げられ、コメンテーターの方たちもいろいろな意見を言っております。

私は思います。ほとんどのマスコミは、社会背景や職場での待遇、家族関係など背後の問題をクローズアップします。この事件だけではありません、こういった同様の事件の場合はほとんどです。そんなことよりも、人をあやめると言うことはどんな状況があろうとも、悪いこと、人としてやってはいけないことなんだとなぜ誰も言わないのでしょうか。

ダメなことはダメなんだとはっきりと教えるべきです。何がダメなことなのか、そういうことを今一度、教育し直さなくては成りません。このとき大切なことは、なぜダメなのかを教えるよりも先に、ダメなことをするとどうなるのか、どういう迷惑や罰、制裁を受けるのかそれを教えるべきです。
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by fumonken | 2008-07-28 22:02 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

坪庭の小径づくり

戸袋をはずして、そこから本堂に行けるように子径を作りました。のべ石と普門軒の地面から出てきた山石を使って作りました。かなり細かい作業をしています。ふるいで三つの大きさに土壌を分けました。あらい土を一番下に使い、その次に中間の土、そして仕上げに細かい赤土で仕上げてあります。

坪庭にはシホウチクが生えていますが、ゼニゴケも生えています。このゼニゴケをなんとか駆除して、スギゴケを植えようかと思っています。とりあえず駆除のために、酢を吹き付けるといいと庭師さんに聞いたので、吹き付けました。
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by fumonken | 2008-07-26 22:24 | 作務 | Comments(1)

戸袋をはずしました

庫裏の座敷の角にあった雨戸の戸袋をはずしました。ちょうど角にあったので部屋が暗く、庭も視覚的に分断されていたので思い切って戸袋をはずしました。これで空間が広々して開放感が増しました。
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by fumonken | 2008-07-19 17:15 | 日課抄・歳時記 | Comments(1)

園頭絶好調!!

よーく採れています。トマト、キュウリ、枝豆、ナス、ピーマン、シシトウたくさん採れています。
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by fumonken | 2008-07-18 18:12 | 作務 | Comments(1)

この国のこころ…個性を伸ばす前に、人としての道を

薩摩藩にも会津藩の「什」に似た武士階級子弟の教育法があった。その教育の内容は

・武士道の義を実践せよ
・心身を鍛錬せよ
・嘘を言うな
・負けるな
・弱いものいじめをするな
・質実剛健たれ
・たとえ僅かでも女に接することも、これを口上にのぼらせることも一切許さない
・金銭利欲にかんする観念をもっとも卑しむこと

などからなる。今の子供の個性を重んじる教育方針ではなく、その前に人としての道を説いる。この方が道理に叶っている。ここがゆとり教育に代表される今の教育のおかしいところ、欠陥である。
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by fumonken | 2008-07-14 20:06 | Comments(0)

この国のこころ…近世の教育思想

江戸時代、会津藩では什(じゅう)と呼ばれる藩士の子弟を教育する組織があった。その什には七つの掟があった。言うなれば教育指針である。私は最後の文言が今の日本に一番大切なものだと思っている。

一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ
二、年長者には御辞儀をしなければなりませぬ
三、虚言をいふ事はなりませぬ
四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
五、弱い者をいぢめてはなりませぬ
六、戸外で物を食べてはなりませぬ
七、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです


今、一部の教育関係者からも注目を集めてはいる。最後の一節「ならぬことはならぬものです」から、NN運動とよばれ、福島県を中心に展開されている。しかしながら、今だ日本の教育現場は、子供の可能性や権利、自由などの左翼的思想の強い、子供中心主義が取られている。「ならぬことはならぬものです」などといった日本的教育方針の復権はまだまだ先のことであろうか。悲しくなる。
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by fumonken | 2008-07-11 17:26 | Comments(0)

玄関の床張り完成

本山の国泰寺から拝領した古材を使って、先日、玄関の床張りが完了しました。これまで畳だった三畳間が、写真の通りに様代わりしました。何百年もたっている古材で、表面はツルツル。でもこれはワックスを塗っているわけではありません。乾いたぞうきんで拭いているだけなんです。ツルツルの表面の理由は「時代」なんですね。

大工さんに新たな命を吹き込んで頂いたので、これでまた何百年ももつと思います。お寺の道に進んで「いいもの」というものが何なのか、少しずつわかってきた気がします。
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by fumonken | 2008-07-09 13:31 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

大学は出たけれど

大工さんはすごいですね。私は建築の勉強を少しかじったことがあるのですが、大学で勉強しても、実際建物を作ることはできません。建築士や計画家に成ることはできますが、実際手を金槌をもって、のこぎりで切って、ほぞ穴を掘って、材木の特徴を見て、形作っていくことはできません。確かに道具は電動課されているものもありますが、私は確かに見ました。平成の世となりましたが、匠の技と心の灯火はまだ光っています。

それにしても大学を出たところで、橋下知事ではありませんが、まさに机上の空論でしかありません。本当の意味で実務には携わることはできないといってもいいかもしれません。計画や法律のことはよくわかるけど、現場では監督、監理はしますが、汗を流して形作ることができない。

これは何も建築の仕事に限ったことではないかもしれません。大学は出たところで、それは知識であって技術ではない。知識ではなかなか食えません。日本はアメリカをまねしすぎました。今のアメリカをご覧ください。ものをうごかして投機や投資する人が得を見て、実際のものづくり(生産)に関わる人たちは損を見る。今の日本はそんな社会に確実に近づいています。日本は早く気づかないといけませんね。

司馬遼太郎の「この国のかたち」という本の中に職人についての項目があります。日本は古来、職人に対する尊敬の念を持っていたと言うことです。そのあたりの心の動きは日本の人の美意識とも関わってくるんじゃないかとおもいます。

ただしものをつくる技術といっても美大生の自分の好きなものを作ると言うこととは違います。あれは技術ではなくてパフォーマンスです。
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by fumonken | 2008-07-07 09:35 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

先日、両親が来て

先日、両親が普門軒に訪ねてきました。その目的は松の剪定。父は二十代の後半から盆栽をはじめて、今年でうん十年のベテラン。退職後に夢叶って盆栽職人へ。もちろん、食っていくにはまだまだですが、でも盆栽職人としての第二の人生を送っているようです。

そんな父が普門軒の松の剪定に来てくれました。普門軒お抱えの職人さんですね。母も助手として屋根に上って、いっしょに剪定をしていました。そんな中、普門軒にははたきがなかったので、急遽、枝をとってきて、古いさらしではたきを作ることに。あーだ、こーだ、言いながら、縁側で二人ではたきを腰ラテ今した。
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by fumonken | 2008-07-05 21:47 | 作務 | Comments(0)