普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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カテゴリ:日課抄・歳時記( 436 )

古き良き日本が又遠くになっていった

女優の原節子さんが9月5日に亡くなっていた。私は学生時代に小津映画を知ったが、原節子さんの存在は一際、存在感のある方だった。本当に日本の女性は品があって美しいなーと思った。

それ以上に、後生の生き様に驚いた。42歳で突然の引退。鎌倉市の自宅で全く姿を見せず、徹底した隠とん生活を送った。普通ならば、あれほどに地位や名声を手に入れた方なら、いろいろなことに声を上げたり、その存在感を見せたいものだ。しかし原さんはそういうことは一切なさらず、50年以上、その姿勢を崩さず、結局、そのままお亡くなりになった。
本物でないとできない。隠とんと一枚になっている。

言葉にはできない。ただ、昭和がまたひとつ遠くなった。本当に悲しいことで、無常観を感じる。

ご冥福を心より、お祈りします。
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by fumonken | 2015-11-26 13:53 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

「守る」と言うことと、「とらわれる」ということ

なかなかにしてそれを見極めることは難しい。

「守る」と言うことと、「とらわれる」ということ。自分はそれを守るために行動しているのか、それともそれにとらわれているから行動しているのか。

その見極めは非常に難しい。
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by fumonken | 2015-10-10 09:21 | 日課抄・歳時記 | Comments(1)

それを言っちゃー、おしめーよ

私は映画『男はつらいよ』が好きだ。寅さんの言葉にはよい台詞がたくさんある。

なかでも最も好きな台詞が

「それを言っちゃー、おしめーよ」

人生にはいろいろなことがある。山もあれば谷もある。いろんな人も居れば、いろんな立場に置かれることもある。しかし、どんなに自分にとって納得のいかないことがあって、やっぱり己の中でかみしめておかないといけないことがある。

それを言葉にすることによって、それを行動におこすことによって、もっと大きなものを失ってしまう。

そんなときは、己の心に対して

「それを言っちゃー、おしめーよ」

と、己の心に対して、叫び、静かに幕を引こう。
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by fumonken | 2015-10-01 08:47 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

雑草という草はないんですよ。

お寺という所は因果なもので、草引きという作務がある。草引きをしていると、時折、浮かぶ言葉がある。それは昭和天皇のお言葉だ。

昭和天皇と侍従が皇居内を散策なさっておられる折、雑草が生い茂っていた。それ見て、侍従が随分手を尽くしたのですがこれだけ残ってしまいました。いずれきれいに致します」というような言葉を昭和天皇に述べると、陛下は、

「何を言っているんですか。雑草という草はないんですよ。どの草にも名前はあるんです」。

というお言葉だ。この言葉には続きがあって、調べてみると、こう続く。

「どの植物にも名前があって、それぞれ自分の好きな場所を選んで生を営んでいるんです。人間の一方的な考えで、これを切って掃除してはいけませんよ」とおっしゃったという。
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by fumonken | 2015-09-05 09:41 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

関心について

「関心」の意味は、心にかける、心配する、気にとめる、注意するという意味である。

「関」という字は旧字体で「關」と書くが、門構えの中の字は「貫く」という意の字である。もともと門に閂(かんぬき)を横に通して、門を閉ざすという意味らしい。転じて関は調べるところという関所の意味になった。また調べるところという意から「関心」、「関知」、「関白」などいう言葉もでてきた。

その「関心」であるが、最近、「関心」というと「興味」という意味合いで用いることが多いと感じる。

これは英語の「interest」を、関心、興味として、いっしょの言葉として翻訳したからではないだろうか。ちなみに、それこそ興味深いことに、「interest」には他に「利益」「利害関係」「利子」という意も含む。

日本語の「関心」という言葉に、いつしか、自分にとって「利のある事柄に対して」心にかける・気にかけるという使い方にはなっていないであろうか。
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by fumonken | 2015-07-31 20:39 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

反復とズレ

以前、小津安二郎監督の映画の本質、根源にある文脈を「反復とズレ」だと、吉田喜重監督はおっしゃっておられた。

「映画『父ありき』のある場面。川で父親と息子が並んで釣りをする。その反復動作。それの繰り返し。それがいつの間にかズレていく。それが父と子が他人になるというふうに私にはうつった」

こうおっしゃっておられる。

「反復とズレ」。なるほど小津映画は確かに「反復」の連続であり、その些細な「反復」の日常を描いている。その中に、独り立ちや結婚、また死といった「ズレ」が描かれる。

「反復」は永遠ではない。いつかは「ズレ」を迎える。生老病死。しかし「ズレ」も永遠ではない。

反復とズレ。どちらも受け入れなくてはならない。反復も無常であり、ズレもまた無常あろう。
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by fumonken | 2015-05-19 10:34 | 日課抄・歳時記 | Comments(1)

「寺」という字

「寺」という字は非常に興味深い。
「土」と「寸」に分かれるが、「土」はもともと「止」という字で、【使う】という意味がある。「寸」は【手】という意味であることから【仕事をする】という意味になり、ひいては、【仕事をするところ・役所】という意味があったそうである。
時代がさらに下って後漢の時代から、仏教の事務・仕事を行う【てら】という意味になった。

さら「寺」を音符とする時をみると、すこぶるおもしろい。

仕事のできる人が「侍」であり、仕事の日が「時」である。
また、仕事を手すれば「持つ」ことになり、仕事とはコツコツと行うことは、「待つ」ことである。さらに仕事に心と書いて、「恃む」というように、仕事の肝心なことは、己を信じ、自らをあてにせよというのである。孫子に曰く「吾の以って待つ有ることを恃む」というところであろうか。

そして、仕事を通して互いに語り合えば、それが「詩」となるのである。

「寺」とはまさに仕事をするところ、畢竟、己を生かすところである。若い者よ、己を生かしに寺に来い。
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by fumonken | 2015-05-05 09:39 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

気風、気っ風、気立て、気質

久しぶりのブログであるが、ちょっと気になったことを。
ちょっと気になったことの、「気」である。

知人とこんな話題になった。知人の知人がethicsmorals(倫理)を「気風」と訳したという。

気風とはどんな意味なのか問われ、なかなかうまく答えられなかった。

いろいろ調べてみると、気風とは「気立て、気質、性格」などとある。倫理とは違うようだ。知人に伝えてあげようと思う。
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by fumonken | 2015-04-21 11:08 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

孫子

「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」。孫子の言葉であるが、その孫子は「知によって勝つが第一」「威によって勝つが第二」「武によって勝つが第三」とおっしゃっておられる。
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by fumonken | 2015-02-11 19:42 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)

国民の祝日について

昭和23年まで「国民の祝日」とは言わなかった。「祝祭日」と言った。祝日と祭日を合わせた呼び名で、「国民の祝日」同様に休日であった。

昭和28年の祖父の日記がある。最初のページに略暦がある。「国民祝日」には、
元旦1月1日
成人の日1月15日
春分の日3月21日
天皇誕生日4月29日
憲法記念日5月3日
こどもの日5月5日
秋分の日9月23日
文化の日11月3日
勤労感謝の日11月23日
と9日間の祝日が書かれている。62年たった今、6日間増えている。

明日は「建国記念の日」あるが、終戦後GHQによって廃止されたので、昭和28年にはない。昭和41年になってようやく復活した。しかし名称は当時の政治状況により、「紀元節」から「建国記念の日」に変更された。
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by fumonken | 2015-02-10 19:18 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)