普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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お盆を前にして

祖先崇拝とは、既に亡くなられた祖先が、生きている我々の生活に影響を与えている、あるいは与えることができる、という信仰に基づく宗教観、宗教行為のことだ。


これは稲作との関連があるとされている。その理由はいくつかあるが、二、三ご紹介する。稲作はその土地に住み着き、移動しない生活を送りる。人が亡くなっても、その生活空間と遠く離れないところに埋葬することができる。いつでも祖先とそばに居続けられるのだ。そして稲作の作業は家族を単位とします。田は子々孫々に受け継がれます。田の大きさがその家族の富と直結する。また稲作の水利など共同作業は村単位として営まれた。それは家単位のみでなく同時に地域の祖先、神々の恩恵との考えが、祖先崇拝の原点になったということだ。


稲作により、縦軸として祖先のへの感謝が生まれ、横軸として家族地域への愛情が生まれる。



しかし現在、人々は生まれ育った地を移動でき、その仕事も土地・環境・季節とは直接関連しない場合が多い。その結果か、実際に、祖先崇拝の行為は非常に薄らいでいるといえる。


かくいう私も生まれ育った地を移動した。しかしかろうじて、坊さんになったおかげで土地・環境・季節と関連する営みを得たことにより、縦軸として祖先のへの感謝が生まれ、横軸として家族地域への愛情が生まれ、自覚することができた。


私は普門軒の住職として、普門軒の檀信徒へは祖先崇拝の大切を伝えていきたい。


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by fumonken | 2017-08-02 15:50 | Comments(0)

祝日と休日と…

今、学生が下宿しているが、私学の大学に通っている。今日11月23日は何の日か知らなかった。新嘗祭の祭日であると言うことは知らないまでも、勤労感謝の日という言葉くらいは出てきてほしかった。問題はそれだけけはない。驚きは、この祝日の日に大学は平常通り授業があると言うことだ。

仮にも私学助成金をいただいている身である私立大学にも関わらず、祝日を祝日という気もなく授業を行う。非常にゆゆしき事態である。
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by fumonken | 2015-11-23 15:48 | Comments(0)

すごい大統領だったんだなー

アメリカの第33代大統領はハリー・トルーマンです。彼の公的な手紙をネットで見つけました。

Letter from President Truman
to Samuel McCrea Cavert August 11, 1945

August 11, 1945

My dear Mr. Cavert:

I appreciated very much your telegram of August ninth.

Nobody is more disturbed over the use of Atomic bombs than I am but I was greatly disturbed over the unwarranted attack by the Japanese on Pearl Harbor and their murder of our prisoners of war. The only language they seem to understand is the one we have been using to bombard them.

When you have to deal with a beast you have to treat him as a beast. It is most regrettable but nevertheless true.

Sincerely yours,

HARRY S. TRUMAN

Mr. Samuel McCrea Cavert
General Secretary
Federal Council of The Churches of Christ in America
New York City, New York

Source: Michael B. Stoff et al., ed., The Manhattan Project: a documentary introduction to the Atomic Age (Philadelphia: Temple University Press: 1991),
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by fumonken | 2013-12-04 17:03 | Comments(0)

世界の国会議事堂…スロバキア共和国

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私はスロバキアにまだ行ったことはないのですが、私にとってとても大切な国です。私の中にある懐かしいヨーロッパを感じています。小さい小さい国です。私は昨年、この小さな国から来た人と親しくさせていただいて、とてもとても私の世界観が変わっていきました。

日本に住んでいると、一つの国で、一つの言葉で、一つの民族で連なってきた一つの歴史、日本史が、当たり前のように感じてしまうのですが、スロバキアを知るにつれて、そのことはとても特別な事なんだとわかってきました。

スロバキアを国の歴史みると、
スロバキア地域に「今の」スロバキアという国ができたのは1993年です。
その前は1945年(日本の終戦期)から1993年までチャコスロバキアという国がありました。
その前は1939年(昭和初期)から1945年まで「前の」スロバキアという国がありました。
それ以前にはスロバキアという国号はありません。
ただし第一次世界大戦後1918年(大正期)から1938年まで「前の」チャコスロバキアという国があり、スロバキアという地名がはじめて国号になりました。
したがってスロバキアという「国」の歴史は先の6年と今の11年です。

「今の」スロバキアスの人口は約550万人。言語はスロバキア語です。85%近くの人がスロバキア人で、日本のように比較的均一性の高い国民国家といえます。

私にとって今以て不思議に感じることは、一定の地域に一定の民族が、独自の言語を持ちながら、「国」としての歴史は20年足らずである。国としての独立がなかったのか。国としての独立が「良い・悪い」というわけではなく、日本のような国に生まれた人間としてみるととても不思議な感じがします。

スロバキアとの出会い、そこから見えてきた世界観を話すととても長くなりますので、ここはいつもの話題に切り替えます。

スロバキアの議事堂本館はブラチスラヴァ城に隣接する高台に建ちます。この建物はチェコスロバキア時代の1986年に建設がはじめられ、東欧の革命のため1989年に中断され、1993年に完成します。
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by fumonken | 2013-10-20 15:00 | Comments(0)

世界の国会議事堂…台湾

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台湾の国会議事堂は立法院議事堂と呼ばれています。1960年以後は立法院の議事堂として使われている建物が下の写真です。この建物は日本統治時代の1919年に「台北州立台北第二高等女学校」校舎として建てられたものです。とても立派な校舎ですね。「台湾にもナンバーズスクールがあったのか」と、これは興味深いと思い、少し調べました。ちなみに「ナンバーズスクール」とは、戦前、エリート校を通称ナンバースクールと称しました。例えば国単位では、「一高(第一高等学校=現在の東京大学)」や「二校(第二高等学校=東北大学)」「三高(第三高等学校=京都大学)」など、また地方単位では京都府立第一中、京都府立第二中といったように旧制中学をナンバーズスクールと呼んでおりました。そのナンバーズスクールが台湾の女子校にもあったようです。六校まであったようです。ただし、「一校」と「二校」の在学生はほとんど内地人(日本人)だったそうです。一方他の四校の在学生は内地人と本島人(台湾人)であったそうです。ちなにみ現在でも、旧一高と旧三高は伝統校として台湾でもトップの女子校だそうです。
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by fumonken | 2013-10-15 07:38 | Comments(0)

世界の国会議事堂…ウガンダ共和国

アフリカ大陸の国会議事堂の紹介です。ウガンダ共和国です。ウガンダは1894年にイギリスの植民地となり、1962年に独立します。ウガンダという名称はかつてあったブガンダ王国の名称をスワヒリ語読みにしたそうです。国会議事堂の建物の建設は1958年に開始されたそうです。建物のことはこのくらいしかわかりませんでした。先日紹介したカナダもそうですが、かつてイギリスの植民地であった国の国会議事堂は英語でParliamentと表記するところがほとんどです。ちなみに「parl」とはラテン語で「話す」という意味です。フランス語で「話す」を「 Parlez」と書きます。英語で「会談」のことを「parley」と書きます。
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by fumonken | 2013-10-09 07:41 | Comments(0)

世界の国会議事堂…カナダ

カナダの国会議事堂は、真ん中に平和の塔と呼ばれる中央棟と東西の棟の3棟で構成された、ネオ・ゴシック様式の建物です。創建は1866年になりますが、現在の建物は1922年の再建です。中央の平和の塔は高さ92mで、カナダの戦没者を追悼するものです。靖国神社を反対する人々にとってはとんでもない国会議事堂になりますね。
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by fumonken | 2013-10-08 10:19 | Comments(0)

世界の国会議事堂…アルゼンチン共和国

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アルゼンチンは1810年に独立したあたらしい国です。国民会議議事堂は1906年に完成。古代ローマ様式の威厳ある建物です。アルゼンチンは連邦制国歌ですから、国会はCongressになります。ちなみに立法府の英語訳は大きく3つに分かれます。Congressは、アメリカなどのように複数の自主独立し自治体の集合体、連邦制の国の立法府に対して使われます。congressは、ラテン語の congressus (con-共に+grad踏む)から来ているそうです。故に地方の代表が集まる議会という意味になります。
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by fumonken | 2013-09-30 21:01 | Comments(0)

世界の国会議事堂…ウクライナ共和国

ウクライナの国会議事堂は、ヴェルホーヴナ・ラーダと呼ばれ、ウクライナ最高議会堂というそうです。1938年に建てられたそうです。こちらは宮殿ではないそうですが大統領公邸と迎賓館はマリア宮殿を利用しています。議会堂は二つの公園に囲まれています。
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by fumonken | 2013-09-25 20:14 | Comments(0)

世界の国会議事堂…トンガ王国

この小さな白い建物。これはトンガ王国の国会議事堂です。人口が10万人くらいですから、国会議員も少ないし(32人)、この位の規模の建物では大丈夫なのかもしれません。王様がいらっしゃいますので、日本と同じで立憲君主国です。
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by fumonken | 2013-09-24 08:10 | Comments(0)