普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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私という字

気がつけば、すでに9月。2ヶ月もブログを更新していないと、いろいろな方面からどうしたのかと失跡をいただく。久しぶりにブログを更新しなくては。やはり関心のある漢字ついて書こう。

「私」という字は、穀物という意の「禾(のぎへん)」に、囲うという意の「口」(のちに「ム」となる)からなる。穀物を自分だけのものとして囲うというのが「私」の語源だ。

「ム」という字は「自分だけのものとして囲う」というのである。非常に興味深い。

そうすると、「公」は「八」という字に、「自分だけのものとして囲う」という「ム」からなる。自分だけのものとして囲っているものをどうするというのか。「八」の字の意は「開く」という意の字であるという。

自分だけのものとして囲っているもの、もしくは囲もうととしたものを「開く」のである。それが「公」の語源だ。



ちなみに「和」という字は、「禾」と「口」から成り、「私」の字のように穀物を自分だけのものとして囲うという字のように見える。しかし「和」の「禾」はのぎへんではなく、加わるという意で、部首としては「口(くちへん)」の字である。つまり「和」は人の声に応じ合わせるというのがその語源である。
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by fumonken | 2016-09-10 10:21 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)