普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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「脱○○」

全日空の国内線搭乗手続きのシステムに障害が出たということだ。ロビーでの混雑している様子が写真に出ている。コンピュータが世の中の重要なシステムの一つであると言うことを感じる。

こういうことが起きると、やれコンピュータ社会への危惧とか、次世代の何とかなどと、ことさらにかき立てる。

これは良い。これは必要、これは悪い、これはいらない。「脱○○」とか・・・。

禅はこういったとらえ方をしない。そのもの「存在」の善し悪しに関心をよせるのではなく、「存在」と「存在」とを結んでいる、そのときそのときの「関係性」に関心を向けなさいという。我々がその「存在」とどうつきあっていくのか、そういうことに関心を持つのである。問題は外にある「存在」ではなく、我々自信がその「存在」との「関係性」をどうとらえ、そのときどきでどうつきあっていくのかということである。
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by fumonken | 2016-03-22 11:58 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)