普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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わかったようで、わからん

昭和の禅者である鈴木大拙博士はこうおっしゃっておられる。

「そうなんだ。わかったようでわからんようなんだ。
ところが、
わかったようで、わからんというところに、
何かわかったものがなければ、
そういうえんのだ。よごすか。
わかったようで、わからんという、ところに、何かわかっておるものがなければ、そういうえんのだ」
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by fumonken | 2015-02-13 20:32 | 禅・仏教について | Comments(2)
Commented at 2015-04-13 09:58 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 山口 at 2016-07-02 00:44 x
こんにちは。
以前、座禅させてもらったものです。
大拙さんの言葉なのを引用されているので、てっきり、お悟りされているものとおもって伺いましたが。
私は数年前に自分が怖くないという経験があったという話をしたら、それは違うと否定されました。
私は自慢したいから行ったのではなく、農業というさとりを生かす道の相談に行ったのです。
悟っていることが偉いのではなく、正直に言える人に相談したくなるものだと思いますし、
わかってないのに、わかったふりをするのはやめた方がいいと思います。
人の言葉をさも自分の言葉のようにいっても、結局はばれるだけです。
言わないでいようと思いましたが、言わないとお互い改善されないと思い書きました。