普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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李登輝元総統「日本の教育と私」・・・進歩と伝統築いた武士道精神

私が初めて新渡戸先生の「武士道」-日本人の精神-という本に出会ったのは、旧制の台北高等学校時代でした。武士道などというと、封建時代の亡霊のように言う人もいますが、この本を精読すれば、そのような受け止め方がいかに浅薄なものか、すぐにわかるでしょう。

そしてこれに解説を加えた私の「『武士道』解題」の中で、声を大にして武士道精神を再評価しようと言っているのは、日本および日本人本来の精神的価値観を今一度明確に想起して欲しいと祈るような気持ちで切望しているからです。民族固有の歴史とは何か、伝統とは何かということを、もう一度真剣に考えてほしいのです。

文化の形成は、「伝統」と「進歩」という2つの概念を、いかに止揚(アウフヘーベン)すべきかという問題ですが、「進歩」を重視するあまり「伝統」を軽んずるような二者択一的な生き方は愚の骨頂だと思うのです。

最近の日本では、一般的に、物質的な面に傾いていると言われますが、その結果、皮相な「進歩」に目を奪われ、「伝統」や「文化」の重みを見失うことがあります。「伝統」という基盤があるからこそ、初めて「進歩」が積み上げられるのであり、伝統なくしては真の進歩など、あり得ないのです。

戦後、1946年、私は台湾人に生まれ変わるために日本を離れた後、「新日本」が大きく変わったことも承知しています。そしてその変化が、大きな進歩をもたらし、今日の世界第2の経済大国を造り上げる原動力のひとつになったことも、また否定できない厳然たる事実だと思っております。

しかし、そのために最も大切な「伝統」まで捨て去ってしまったら、それはもはや本来の意味における「進歩」ではあり得ないのではないでしょうか。

有史以来、日本の文化は大陸などから滔滔(とうとう)と流れ込む変化の大波の中で、驚異的な「進歩」を遂げ続けてきたわけですが、結局、それらの奔流に飲み込まれることもなく、日本独自の伝統を立派に築き上げてきました。

日本人には古来、そのような希有なる力と精神が備わっているのです。外来の文化を巧みに取り入れながら、自分にとってより便利で都合のいいものに作り変えていく―このような「新しい文化」の創り方というのは、私は一国の成長、発展という未来への道にとって、非常に大切なものだと思っているのです。

そして、こうした天賦の才に恵まれた日本人がそう簡単に「武士道の精神」や「大和魂」といった貴重な遺産や伝統を捨て去るはずはないと私は固く信じています。

では、日本文化とは何か?その結論を言わなければなりません。私は高い精神と美を尚(たっと)ぶ心の混合体が日本人の生活であると言わざるを得ません。【2006年9月17日付・産経新聞に掲載】
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by fumonken | 2014-11-09 08:06 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)