普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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一日作さざれば一日食らわず

唐の時代に百丈懐海という禅のお坊さんがいらっしゃいました。「一日作さざれば一日食らわず」とは百丈懐海の教えです。出家者にとって仕事は一番重要な修業であり、仕事をしないなら食べることは出来ない。という教えです。同時に労働することを通して豊かな人間性も育まれていく、という自らを律した教えです。

百丈懐海が高齢にもかかわらず、日々の畑仕事、庭掃除等を率先して働いておりました。弟子たちが、見かねて農具を隠して休息を願いた。百丈懐海は農具を探しましたが見つからず、その日の食事をとりませんでした。
弟子たちは師匠に、「なぜ食事を召し上がっていただけないのですか?」と尋ねました。すると百丈懐海が「一日作さざれば一日食らわず」と答えました。以後、弟子たちは師匠の仕事を止めることがなかったという。

インドの仏教では、出家者が自らの働くことを戒律で堅く禁じられていました。そのため出家者は托鉢乞食(こつじき)や信者からの布施だけに頼っていたのです。しかし唐代中期以後、政府による僧侶淘汰命令が発され、貴族からの布施が途絶えられ寺院経営成り立たなくなりました。出家者たちは、やむを得ず生活の手段として耕作労働をするようになり、戒律という面の混乱が続いたのです。その時に、百丈懐海はそれまでのインド仏教の戒律の改革を行った。仕事こそは"仏のはからい″であり"仏のすがた″であり、仕事は一番重要な修業であることとして解釈を改め、特徴的な戒律改革を唱えました。
特に禅宗で作務(労働)を重んずるのは、このためです。
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by fumonken | 2013-05-02 16:49 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)