普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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荻原井泉水の豆腐の随筆

先日、知り合いの和尚さんからとってもいい話を伺いました。それは荻原井泉水の豆腐の随筆です。下記に書かせてもらいました。どうぞ、お読み下さい。

豆腐

 豆腐ほど好く出来た漢はあるまい。
 彼は一見、佛頂面をしてゐるけれども決してカンカン頭の木念人(ぼくねんじん)ではなく、軟かさの点では申し分がない。しかも、身を崩さぬだけのしまりはもってゐる。煮ても焼いても食えぬ奴と云ふ言葉とは反対に、煮てもよろしく、焼いてもよろしく、汁にしても、あんをかけても、又は沸きたぎる油で揚げても、寒天の空に凍らしても、それぞれの味を出すのだから面白い。
 又、豆腐ほど相手を嫌ばぬ者はない。チリの鍋に入っては鯛と同座して恥ぢない。スキの鍋に入っては鶏と相交って相和する。ノッペイ汁としては大根や芋と好き友人であり、更におでんにおいては蒟蒻や竹輪と強調を保つ。されば正月の重詰めの中にも顔を出すし、佛事のお皿にも一役を承(うけたまわ)らずには居ない。
 彼は実に融通がきく、自然に凡てに順応する。蓋(けだ)し、彼が偏執(へんしゅう)的なる小我を持たずして、いはば無我の境地に到り得て居るからである。金剛経に「應無所住而生其心」(おうむ しょじゅう に しょうごしん)=應(まさ)に住する所無くして而も其の心を生ずべし(金剛般若經)とある。これが自分の境地だと腰を据ゑておさまる心がなくして、与えられたる所に従って生き、しかあるがままの時に即して振舞ふ。
 此の自然にして自由なるものの姿、これが豆腐なのである。
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by fumonken | 2012-09-18 20:18 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)