普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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清流無間断

禅語に「清流無間断(せいりゅうかんだんなし)」という言葉があります。清らかな渓流はこんこんと流れて絶える事がありません。禅僧は昔からこの句を好んで用いおります。もちいておりますが、ただ単に情景の清らかさを好んでいるというわけではありません。

清流は絶え間なく流れる。

看守(かんしゅ:しっかりと見る)しなくてはならないことは、清流ではありません。清流は結果です。清流にとらわれていては、何も始まりません。むしろ清流を求める心自体が濁流なのです。
絶え間なく流れるから清流なのです。絶え間なく流れることが大切なのです。

いろいろ悩み、悩んでいるだけで。結果が出ない。結果が出ないから自信もなくなっていく。そして自分の長所も見つからない。

清流は絶え間なく流れるから清流なのです。止まっていてはよどんでいきます。

仕事ができるか、どうか、自分にできるかどうかなんて考えなくていいのです。

禅宗坊主の私に、どうすればいいのですかと聞かれれば、頭で清流になれるかどうかを悩むな。結果を考えることは目的ではない。「間断無し」という実践が大切なのです。絶え間なく流れ続ければ、結果として清流となるのです。

そもそも就職活動なんてくそくらいだ。どういう生き方ができるのか、間断無しかどうかということが大切なのです。

間断無しとは、激流のことではありません。ゆっくりな流れてもいいんです。若い君たちには時間があります。急いで進まずに渦を巻いてもいいでしょう。時には凪(なぎ)のこともあるでしょう。ただし生きるとは「間断無し」です。実践、行動、体を動かすことが大切です。頭は二の次です。ただやるだけです。

禅寺には、間断なく流れる方法がたくさん潜んでいます。どうぞ、自らの足で門をたたきに来てください。
清流無間断。
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by fumonken | 2012-07-27 22:18 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)