普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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禅寺の暮らし

いろいろな方が普門軒に泊まりに来ます。ここで過ごす時間は二度とかえってはきません。良いことばかりではありません。つらいこともたくさんあります。つらいことがあっても必ず時間は過ぎていきます。二度と帰ってきません。無常(むじょう)です。

日頃の生活に比べて普門軒で過ごすことはつらいと感じることもあると思います。特に近代と仏教では見えない部分で大きな世界観(せかいかん)の違いがあります。あたたが守りたいと強く思うのと同じように、禅にとっても守りたいと強く思うことがあります。そこには矛盾もたくさんあります。

ここは禅寺です。禅の世界、つまり仏教の世界には民主制もなければ、男女平等もありません。そういう制度よりも、心の持ち方を教え、そのため修行を教えます。

国泰寺派には九十歳になる尼さんがいらっしゃいます。でも男の坊さんである私の上(かみ)には坐りません。これは民主的ではありません。でも尼さんにとって民主的であるかどうかよりも仏の教えを大切にするわけです。私のおばあちゃんもそうです。おじいさんに対しての態度は尼さんと同じです。おばあちゃんは民主的ではありません。でも二人ともとてもすばらしい空気をもっております。

大切なのは民主的であるかどうかということよりも、人として、女として、男として、どうあるべきかということです。これを仏は説いています。これは東洋では「人の道」といいます。東洋の伝統にとっては、民主的あるかと言うよりも、人の道であるかが重要なんです。

わたしは普門軒での宿坊を通して伝えたいことは「人の道」による生き方です。それを伝えたいんです。その第一歩は男とは男として。女は女として。長幼尊卑(ちょうようそんぴ:目上を敬うこと)の義を守ること。何度も言うようにこれは民主的ではありません。
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by fumonken | 2012-06-17 20:37 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)