普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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生きる判断とは

人は生きる判断をどこにおいて生きてきたのか。

「宗教的戒律」「社会のモラル」「国家の法律」。

この三重構造を川にたとえるならば、「宗教的戒律」は源流で、「社会の規範」は上流、「国家の法律」を下流と例えることができます。 

上流の清流が保たれれば、下流はよどみなく流れていきます。上流にゴミがたまってよどんでいれば、たくさんの川が集まっていく、川下に行けば行くほど、汚れていきます。

今のこの近代という時代は「宗教的戒律」と「社会のモラル」がよどんでいる状態です。だから「法律さえ守ればいいだろう」という輩が出てくるのでしょう。人として法律以前に踏めなくてはいけない事柄があるのです。
私たちは今、近代に生きています。
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by fumonken | 2012-06-08 17:14 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)