普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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幸せについて

「幸せ」という言葉がある以上、「幸せ」という意味がありますが、それまで禅で言うところの、一枚になって「幸せ」について考えてみたことはありませんでした。

このトラの臨終を機に、いろいろな方から有り難い言葉や、励ましのメール、電話をちょうだいしております。東京から日帰りで見舞いに来てくれた投宿者の方もいます。

私はそのことを通して、あー幸せだなーと感じました。

幸せとは「一人でない、まわりとつながっている」ことを実感できる状態のことを言うのではないかと、今思うわけです。人は一人ではなく、まわりとつながっているんです。でもそのことを日頃は実感できない暮らしの中にいる場合が多い。

現代に生きる私たちは、思想体系、経済、教育、政治、そして生命など、あらゆる事象の根本を、「個人的自由の尊重」と「唯物的経済の繁栄」においています。つまり「個人的自由の尊重」と「唯物的経済の繁栄」をもって幸せであるととらえているわけです。

同時に多くの人たちが、なんらかの不安を感じ、悩み苦しんでいる。それは「個人的自由の尊重」と「唯物的経済の繁栄」だけでは、幸福感は満たされないということに他なりません。

仏教は「諸行無常」と「諸法無我」を根本とした世界観の中に行きます。諸法無我と個人的自由の尊重は大きく違います。諸行無常と唯物的経済の繁栄も大きく大きく違います。

諸法を無我にとらえるからこそ、あらゆるもののとつながりに安寧を感じ、生かされていることに感謝します。
諸行を無常にとらえるからこそ、今を必死に生きることに力を注ぎます。

「幸せとは一人では成立し得ません。人と人との関係性においてのみ成立するのです」とチベット仏教のある和尚さんがそう仰っておられます。
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by fumonken | 2011-09-30 12:32 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)