普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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原発反対デモに思うこと

東日本大震災、一ヶ月が経ちました。被災の規模の大きさ、そして原発の事故により、複合的な災害になってしまいました。今、原発反対運動が何カ所かで行われているようです。今度の週末にはもっと増えるようです。

私は今、そしてこれから行われるであろう原発反対デモに対して、正直に申し上げて懐疑的です。単刀直入に言いますと、原発に対して反対する前に、原発に依存していた己の暮らしにまずは反省するべきであろうと思っています。

原発反対の将来像は二つあります。原発を代替エネルギーに変えた暮らしにしていくか、原発の発電量の分を使わない暮らしにしていくか。日本の全発電量に占める原子力発電比率(2009年)は約30%、関西に限ると50%近くだそうです。原発反対のデモはどちらの将来像を描いているのでしょうか。ただ反対、ただ止めろというのは無責任な気がします。どうも私は反戦運動とかぶってしまいます。戦争反対、軍隊反対。じゃあ、どこかが攻めてきたときどうするのか。その代わりをどうするのか、もしくは諦める覚悟を持つべきだとといているのか。多くの反戦運動家はそこまで考えていません。デモが終わった後、歩いて帰るのでしょうか。電車に乗ってかえるのでしょうか。ただの反対は思考の停止につながりかねません。

こういう国難は誰が悪いとかではなく、思考を停止するのではなく、将来に向けて覚悟を持つべきです。

私は代替エネルギーには反対です。私は反原発ではなく、少量電力消費社会を言いたい。電力を使う暮らしを見直して、電力消費を少ない暮らしに変えていくべきだという覚悟を持つべきです。そういう暮らし方をお年寄りから聞いて、己の暮らしを直していく。暮らしを直すと言うことは仕事場ももちろん直すわけですし、いわゆるGDPも相当落ちるでしょう。でもいいんです。そういう暮らし方に日本は切り替えていくんだと世界に発信していく。それが、日本の道だと思います。

私は1972年の生まれです。現在の電力消費量は私が生まれたころの約2.5倍です。たった40年で、2.5倍です。40年前でも車は走っていましたよ。でも数年で買い換えていませんでした。テレビはありましたよ。でも各部屋にはなく、大型画面のテレビはありませんでした。洗濯機はありましたよ。でも全自動、ドラム式、乾燥機はありませんでしたよ。でも人々は生きていました。それが少量消費電力社会です。
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by fumonken | 2011-04-11 13:59 | 日課抄・歳時記 | Comments(1)
Commented by 合掌 at 2011-04-12 11:47 x
和尚
「怒」を抑えたほうが伝わりやすいですぞ。