普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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1.無常・無我…仏教の根本的原理、世界観

今日から数回に分けて仏教の世界観(教義)をお伝えします。教えといっても無数にありますので、その根本的な教えを簡単にお伝えします。「日本人なら知っていてほしい」仏教の世界観と思ってください。

一回目は「四法印(しほういん)」です。三法印は仏教の、仏教たる教えの根本原理だと思ってください。三法印の根本原理を元に、仏教の世界観は作られていると言っても良いでしょう。

諸行無常(しょうぎょむじょう)…すべての存在には、すがた、形、その本質も常に変化(生滅)するものであり、一瞬といえども存在は同じではない。
諸法無我(しょほうむが)…すべての存在には、主体とも呼べる「我」(が)がない。
一切皆苦(いっさいかいく)…無常を常と、無我を我としてとらえてしまうからこそ苦しみとなる。それが一切皆苦のすがたである。
涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)…上記の無常・無我・苦の事実を自覚し、執着を離れ、煩悩を滅した、この涅槃寂静のすがたである。

はじめの二つ、無常・無我こそ、仏教の世界観であり、その世界観を受け入れてない状態が一切皆苦であり、無常・無我・苦を受け入れた状態を涅槃寂静というわけです。
ですから、仏教徒は、経済、政治、科学、教育、家庭、生死、ありとあらゆるものを無常、無我の世界観でとらえるわけです。
今回の大震災ですらはやり無常・無我でとらえる。確かに大変な出来事でした。二万人近い方が亡くなられています。自分たちの生まれ育った街の風景は一変して、一面ががれきと化しています。これはまさに無常です。しかし、同時にそのがれきと化し街もそのままではありません。必ず変化していきます。それもまた無常観なのです。
だから日本人はパニックを起こさず、まず起こったことを受け入れる。これはまさに潜在的な日本人の無常観そのものです。また自分よりも他人のことを思う姿。これもまた無我の世界観そのものです。まさに日本人の世界観は仏教の世界観そのものです。

それでは何で人は悩み、苦しむのか。その原因である「十二縁起(じゅうにえんぎ)」を次に知らなくてはなりません。
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by fumonken | 2011-04-06 21:01 | 禅・仏教について | Comments(0)