普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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韋駄天さん(ほぼ)完成

韋駄天さんがようやく完成いたしました。これで普門軒も禅寺の玄関としての装いが整いました。でも「ほぼ」完成です。。「ほぼ」とは私の懇意にさせていただいている大工さんが下の引き戸の寸法を間違えてしまったので、まだ引き戸がありません。でもそこはご愛敬でしょう。私の尊敬する、誇りある若い大工です。日本の巧みはちゃんと存在しています。

しかし、その巧みを育てていくでいくのは施主となる私たちなんです。そのことをくれぐれも忘れてはなりません。大工だけではありません。着物、漆器、陶芸、食べ物…。伝統的生活道具や生活環境を、私たち使う側が選ばなければ、それを作る職人は育っていきません。

誤解を恐れずに申し上げますと、残念ながらハウスメーカーや建築家のもとでは、なかなか日本の伝統的な巧みは育ちづらいかもしれません。もともと伝統的な「心」を育む仕事の組織としてつくられておりません。しかしそれは上に立つ者の「心」ひとつとも言えます。

実はこのことは、私を含めたすべての日本人に言えます。仕事を何のためにしているのか。単なる労働になっていないか。単なる賃金労働になっていないか。そういうことをこう言う時代だからこそ、見直してみるべきではないですか。

日本人にとって本当の仕事とは、すべてが「道」につながっていたんです。それはどんな「道」なのか。それはお金ではありませんよ。「人」としての道なんです。その「人」とは個人ではありません。個性でもありません。それは世のため、人のため「無私」「無我」の人のことです。本当の仕事とは無私、無我の道につながっており、それぞれの立場で人生をかけてそれを育んでいくなのです。
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by fumonken | 2010-04-29 16:50 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)