普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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夫婦別姓導入へ

非常に困ったことになりましたな、民主党政権になりますと。私は坊さんですから、私の信条的立場は保守です。今日、こんなニュースを見て非常に困惑して居るわけです。「民主党政権、夫婦別姓導入へ」。日本人にとって家族またはイエというものは伝統的に非常に重要な価値です。なぜ日本人の名前は、個人の名前よりも先に、家族の名字が先に来るのでしょうか。私は個の前に公を重んずる文化を具現化しているものだ思って居るわけです。そう考えておられる方は多いと思われます。

夫婦別姓とは、どういう事なのか。これは名字の選択の話ではありません。家族という文化的集合体よりも、男女という単なる科学的性別を重きに置く価値への移行のことです。男女とはどこの国に行こうが男女です。しかし家族というものは、その国やその地域によってそのとらえ方が違います。とらえ方の違いこそ文化です。男か女かという分け方はそれは生物学的、科学的なとらえ方です。

繰り返しになりますが、日本は文化的に家族というものを非常に大切にしてきました。それは目に見える家族だけではありません。ご先祖という過去の家族に思いをはせる。そして未来の子孫に思いをはせる。それが日本人の家族観です。その家族観の象徴の一つが名字です。結婚し、そのイエに嫁いだものが、そのイエの名字に変わる。それはその家の者になったという一つの儀式であり、覚悟でもあります。

夫婦別姓とは家族よりも男女、イエよりも個人を重きを置くという第一歩であり、日本のこれまで歩んできた文脈にはない価値です。それをグローバルスタンダード、文明的ととらえるか。
ただいえることは、今、私たちは何千年も続いていた伝統をまた壊そうとしていることは確かです。
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by fumonken | 2009-09-27 17:54 | 日課抄 | Comments(1)
Commented by ハチ at 2009-10-11 19:31 x
多くの人が苗字を持つようになって100年余り。
それ以前は人口の8割以上がファーストネームしか無かった。
苗字が無いから、家族やご先祖を蔑ろにしていたとは思わない。

だから、夫婦が別姓になるからといって、家族やご先祖が蔑ろになるとは思わない。


大切なものは、「苗字」でもなければ「イエ」でもない。


伝統は人間の知恵の結集だ。
しかし、その姿は時の流れのなかで変化を積み重ねる。
ある時代の形のみに囚われてしまうと、肝心な知恵の結集が見えなくなる。

積み重ねられた知恵のエッセンスを見極め、そこに現代の知恵を積み重ねることが、伝統を受け継ぐことになるのだろう。

伝統の形を真似ることだけに固執することは、即ち伝統を壊すことに他ならない。
なぜなら、それは積み重ねるべき知恵を持たない者が行う行為だから。

放言御免