普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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臘八示衆【五日夜】

【第五夜】
第五夜示衆に曰く、所謂摂心は長期百二十日。中期九十日。下期八十日也。尅期決定して大事を明めんと欲す。故に一衆戸外に出でず。況や雑談をや。参禅は只但勇猛の一機のみ。汝等聞かずや。
近頃菴原に平四郎というものあり。不動尊の石像を彫刻して以て吉原山中瀑布の処に安置す。忽ち瀑水の漲落するを覧るに、水泡珠を跳らして前泡後泡、或いは流るる事一尺にして消え去り、或は二尺三尺にして消え去り、乃至二間三間にして消え尽く。宿縁の感ずる所、竟に世間の無常都て水泡の如くなることを覚知す。殆ど一身に逼って安処するに堪えず。偶々人の沢水法語を読むを聴くに曰く、勇猛の衆生のためには成仏一念にあり。懈怠の衆生の為には涅槃三に亙ると。忽ち大憤志を発して、独り浴室に入りて堅く戸を鎖し、脊梁骨を豎起し両拳を握り雙眼をし純一に坐禅す。妄想魔境蜂午紛起して法戦一場して終に断命根を得て深く無相定に入る。天明に及んで鳥雀の舎をめぐって啼くを聞いて、自ら全身を求むるに終に得べからず。唯両眼脱出して地上に在るを看る。須臾にして爪際の痛みを覚う。両眼位に帰し四支起つ事を獲たり。是の如くすること三夜、坐起一に前の如し。第三日の朝に及んで、面を洗うて庭樹を視るに、大いに平日の所見に異なり甚だ奇異となす。仍て隣僧に問う。総てに弁ぜず。因て鵠林に見えんと欲す。轎をかいて薩捶嶺をこう。子浦の風景を眺望して始めて知る。先に得る所は草木国土悉皆成仏底の端的なる事を。徑に鵠林に見えて々爐鞴に入って、数段の因縁を透過す。彼は是れ一介の凡夫なり。未だ嘗て参学の事を知らず。然れどもわずかに両三夜にして是の如きの事を證す。唯々勇猛の一機、妄想と相戦って勝つことを得たる者なり。汝等何ぞ勇猛の憤志を発起せざるや

【現代語訳】
第五日目の夜、大衆に示して言われるのには、一般に摂心は長期百二十日、中期九十日、下期八十日である。必ずや一大事因縁(宗旨の究極)を明らかにしようと決心して修行に入るのである。それゆえ、修行者は一切寺の外には出ないし、雑談もしないのである。参禅はただ勇猛の一機(活気溢れる気合)が重要である。

最近、菴原に平四郎という者がいて、不動尊の石像を彫刻して吉原山中の滝に安置した。滝の水が上から下に落ちるさまを見て水の泡がブクブク前後に移り、また一尺ほど流れる間に消え、また二尺三尺にして消え、またさらに二間三間にして消えてしまう。それを見て自然と心に感じるところがあり、ついに世間の営みはすべて水の泡のようであることに気がついた。すると、居ても立ってもいられなくなってしまった。
以前、沢水法語の中に「勇猛の衆生のためには成仏一念にあり、懈怠の衆生のためには涅槃三に亙る(勇猛心を持って修行する者は一念のうち、すなわちアッという間に悟ることができる。怠けている者は気が遠くなるほどの長年月を経なければとても悟ることはできない)」と書いてあることを聞いていた。それで早速、大憤志を起して一人浴室に入って固く戸を閉めた。そして、腰骨を起して背筋を伸ばし、手を組んで両眼をグッと睨んで純一に坐禅したのである。
妄想や魔境が次々と沸き起こり入り乱れ、それと格闘しているうちに、ついに妄想・魔境を払い去って深く無相定(三昧の境)に入った。朝が開ける頃、すずめがチュンチュンと家のあちらこちらで鳴いているのが聞こえたが、自分の身体の感覚をまったく感じなくなっており、ただ両方の目が飛び出して地上にあるのが見えた。次の瞬間、爪の痛みを感じた。すると両目は顔の元の位置に戻り、手足の感覚が感じられ自由に動かすことができるようになったのである。
このようにして三日三晩坐り抜いた。三日目の朝になって顔を洗って庭の木を見ると、通常の見え方とはまったく違っていた。近所の和尚にこのことを尋ねたが、よくわからなかった。そこで、私(白隠)に会って尋ねたいと思い、駕籠に乗って薩峠を越え子浦の風景を見た時、ハッと庭の木の様子が実は草木国土すべて成仏している姿であったということに気がついた。そして、私(白隠)の室内に入って幾つかの公案を透過したのであった。

さて、彼は一般人である。正式に禅の修行したわけでもないのに、僅か三日間で、このような境涯を得たのである。これは、ただただ勇猛の一機によるものである。妄想・魔境と戦って勝ったのだ。さあ、心の底から勇猛の大墳志を起さないか。
参考文献 山本玄峰著『無門関提唱』大法輪閣
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by fumonken | 2008-12-05 07:46 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)