普門軒の禅寺日記・京都の宿坊・お寺に泊まる

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臘八示衆【二日夜】

【第二夜】
第二夜示衆に曰く。楞厳経に曰く、一人道を成じて真に帰すれば、十方虚空悉く消殞すと。凡そ道を修する処、必ず護法神あり。魔障神あり。譬えば城市に人多く聚るときは賊盗亦随って聚るが如し。心願強きときんば則ち護法神、力を得、心魔動くときんば則ち魔障神力を得。是故に学道は先ず須らく大誓願を発し辞譲謙遜を専らにし、心を一切衆生の下に置き咸く皆度脱せんことを要すべし。仏祖の大道、願力無うして能く徹底する者有る事なし。譬えば射を学ぶ者の如し。一箭一箭鵠に中てんことを欲す。始め中らずと雖も、久うして已まざれば必ず其の妙を得。参学も亦復然なり。一念一念大憤志を発し、精神を抖して、須く大道の淵源に徹せんことを要すべし。是の如く念々退かざるときは一切の法理、現前せずという事なく、無上菩提猶お俯して地芥を拾うが如くならん。

【現代語訳】
第二日目の夜、大衆に示して言われるのには、楞厳経の中に「一人道を成じて真に帰すれば、十方虚空尽く消殞す」とある。仏道を修行するところには必ず護法神(協力者)や魔障神(妨害者)がいる。たとえば、人がたくさん集まる場所には、自然と泥棒やスリも集まってくるようなものである。我々の心の中で、願心(志)が強い時には護法神を引き寄せ、心に魔が動いたならば魔障神を引き寄せるのである。したがって、仏道を修行する者は、まず衆生を救っていくのだという誓願(四弘誓願)を起こして、控えめで遠慮深い態度を基本とし、人々の役に立つことを心がけることが大切である。仏祖の大道は願力がなくて、徹底できる者はいないのだ。例えば、弓を修行する者は、一回一回矢を的に当てようとする。はじめは当たらないけれども、諦めないで、続けて稽古しているうちに必ず当たるようになってくる。坐禅もまったく同じことである。一念一念、大墳志を奮い起して妄想煩悩を打ち払い、大道に徹することが肝要である。このように心を積極化したならば、ことごとく現実のものとなって、必ずや見性できるのである。悟りの智恵を得ることは、いたって容易なことになるであろう。
参考文献 山本玄峰著『無門関提唱』大法輪閣
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by fumonken | 2008-12-02 07:33 | 日課抄・歳時記 | Comments(0)