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2010年 02月 08日
ちょっと遅めですが、ようやく薪ストーブをセットしました。暖かい…と思いますよ。
![]() 2010年 01月 24日
伝統的な日本人の思想体系は、神道、仏教そして儒教の教義がその根底に基づいています。今日その中の儒教について少し。儒教は五常の徳を持って、五倫の関係を保ちなさいと教えます。五常(ごじょう)とは仁、義、礼、智、信という五つの徳です。そして五倫(ごりん)とは親子、君臣、夫婦、長幼、友人の五つの関係です。五つの徳ですがもう少し詳しく調べてみますと、
仁…人を思いやること。最高の徳。 義…利欲に囚われず、すべきことをすること。対義語は「利」。 礼…人間関係において秩序(長幼・立場)を守ること。 智…学問に励むこと。 信…誠実であること。 さらに下の三つも大切な徳目とされています。 忠…主君に尽くすこと。 孝…親に尽くすこと。 悌…年長者に尽くすこと。 我々、戦後の教育で育った日本人(とくに五〇代から下の世代)は、五常の徳目について、ほとんどの人が教えられていないでしょう。代わりに何が、思想体系として教えられてきたのでしょうか。何があなたの思想、行動を支えていますか。 自由、平等、人権、個人、進歩ですか。民主的であるか、科学的であるか、経済的であるかですか。 もしあなたのまわりに仁、義、礼、智、信の徳をもって人間関係、仕事をこなしいる人がいたら、立派だなーって思うんじゃないでしょうか。そんなことを思うのは私だけでしょうか。 2010年 01月 22日
今生きている日本人の多くは「私は宗教心がない」と思っている人が大多数でしょう。そう言う人々に対して、私は坊主として、それは正しい見解ですよと申し上げます。
日本語の「宗教」という語は、幕末期に西洋語のReligionを「宗教」と訳され、学問の上の言語として明治初期に広まったとされています。ちなみに英語のReligionはラテン語のreligio「再び」という意味と「結びつける」という意味のligareの組み合わせだそうです。ちなみにreraltion(関係)もReligion(宗教)と一緒の語源です。ということからReligion(宗教)という概念には「神と自分を再び結びつける」「神と自分の関係性」という意味があるんです。 もともと一〇〇年そこそこの外来語である「宗教」という概念が、今の日本人の認識としてあるわけありません。そもそも日本語ではないわけですからね。学問的な言葉であって、日常的な言葉ではないんですね。 では日本語ではなんというのか。それは「信心・信仰心」です。「私は宗教心がない」ではなく、「私は不信心です」と言えばいいのです。実はその「宗教」と「信仰」の違いを読み解くと、今の日本人の姿が見えてくるんです。 2010年 01月 21日
「政治とカネ」。連日、報道されております。報道しているマスコミはそんなにお金にまみれていないのでしょうか。最近の新聞や雑誌は広告ばかりです。自ら取材をして本当に美味しいと思った食事の記事を載せている雑誌はあるのでしょうか。ほとんどがパブリシティではありませんか。広告主の顔色をうかがって、記事の内容に「イロ」が着くことはないのでしょうか。そう言う意味でも「カネ」に振り回されていませんか。振り回されているならまだましです。「カネ」がその行動規範になっていませんか。
実はこれは多くの日本人が考え直さないと行けない問題であると思います。「人としての行動規範の徳目を何に於くか」このことが伝えられていない今の日本人。戦前までは「卑怯者」「無礼者」、こんな古葉がありました。何を以て卑怯なのか。何を以て無礼なのか。それが行動規範の徳目です。人としての行動規範をその徳目に照らし合わせて判断するわけです。それがちゃんと伝えられていたわけです。 その徳目は子供や大人、職業や性別によって多少違いがありました。ただし共通して言えることは、「私よりも公を重んじる礼節」、これです。そしてこの行動規範こそ、文化人類学的な日本人の日本人たる特徴だと思っておもっております。 2010年 01月 15日
この六十年、日本人は「自分」という観念がその行動の原動力になってしまいました。自分はこう思う、自分はこれをしたくない。自分で決めた…。自分という言葉は明治以降にできた言葉であるらしいです。つまり自分という観念がそれ以前の日本人にはなかったと言うことです。ちなみにそれに近い言葉では「我」「私」「それがし」という言葉はありました。
「自分」という言葉は、言語学的に反射代名詞というそうです。その意味は一人称・二人称・三人称の別に関係なく実体そのものをさすそうです。「あなたと私」「お父さんと私」「妻と私」「社長と私」。私という語感には人と人との関係性がありますが、「あなたと自分」「社長と自分」…。ちょっと日本語として「私」より「自分」の方が主張が強くないですか。 ここに小学生の子供がよく遊びに来ます。彼ら彼女らはまだ「自分」とは言いません。「私」「僕」「オレ」と言いますね。 私は今の日本人、特に若い人の閉塞感の根底、原因はずばり「自分」という観念に束縛されてしまっていることだと思っているんです。私はここに泊まりに来る若い人たちに「自分」という観念から解放を説に説いているんです。なぜ「自分から私へ」と変えて欲しいか。それはまたお話しします。 2010年 01月 06日
私は実家へ帰るとほとんど祖母の所へ行っています。祖母と一緒に話しをしたり、古いアルバムを見たりしております。色々な想い出を聞き、これが本当にいい時間です。祖母も私の帰りを待ってくれております。本当に嬉しいことです。今年九十三歳になる祖母は、毎日朝食、昼食を自分でつくり、掃除も毎日して、本当に頭が下がります。一日のうちで一番好きな時間は、夕方の「水戸黄門」だそうです。
2010年 01月 05日
人は将来のために、新しいものごとを得ようと、意識せずとも向かっていくものです。それは新しい家具、新しい家、新しい車だけではなく、新しい会社、新しい制度、新しい方法、新しい関係…。それは人は進歩する。進歩は正義だからです。古いものにしがみつくこと、とらわれることは、懐古趣味という言葉で片付けられます。
私は全くそう思いません。全くの逆です。人が新しいものごとを追っていく原動力は、進歩でも何でもなく、人の欲望だと思っています。その欲望に打ち勝つために、人は経験や、歴史や、伝統に敬意を払ってきたんじゃないのかと思っているわけです。 2010年 01月 01日
この国で「心の時代」といわれて久しい。ところが上に立つ者が、その「心」が何かわからない。伝えるべき「心」がわからない。その伝えるべき「心」とは「生かされる」という心の持ちようである。これでいい。これがすべてである。「人は生かされる」是が最も大切な心。
「生かされる」。これが神道、日本仏教の宗旨である。「生きる」ではない。「生かされる」である。その命に対する観念・心から始まり、道徳が生まれ、法律も生まれ、秩序も生まれ、人の活動も具現化する。経済、お金のために道徳が生まれ、秩序が生まれるのは出ない。「生かされる」、この心ですべてがうまく回る。 2009年 12月 28日
昨日、今年最後の行事が終わりました。その行事とは餅つきと冬夜です。午前中から準備をし、今年は三〇キロ、餅をつきました。友人とその家族、近所の子供たちも呼んで、餅つきです。四時間近くかかりました。夜は禅寺の忘年会、冬夜(とうや)です。
![]() ![]() 2009年 12月 25日
昨日、私のとてもとても大切な友人に新たな命が誕生しました。元気な女子です。健康な子に育って欲しいと親父になった私の友人はいいました。彼らは助産院、つまり産婆さんのもとで出産しました。部屋も畳の六畳間。家のような部屋でした。私の想像した病院のような空間ではありません。
彼らは医学や薬に頼るのではなく、子供の力、親の力を信じています。薬や医学で保つ健康は、本当に健康なのでしょうか。私はまだわかりません。 2009年 12月 23日
ここ二、三日とても寒い日が続いています。ようやく、冬が来たなーという感じです。朝方は-3度です。起きるのがつらい今日この頃です。
2009年 12月 13日
すっかりご無沙汰しておりました。臘八の一週間が過ぎまして、すこしばかりゆっくりしておりました。また気持ちを切り替えまして、日々の生活に精進していこうと思います。
和尚の大事な勤めとして、檀信徒の方々に戒名を授けることがあります。これは仏教の戒めを伝道するということで、仏教徒としての証として受ける名前なんです。キリスト教でも同じようにクリスチャンネーム・洗礼名がありますね。 しかし、この戒めのとらえ方が仏教とキリスト教では違うんですね。聖書でいう戒は「〜してはいけない」という神からの戒めで、これは命令的な規則、禁止、掟としてとらえます。そしてそれを破ったものに対しては罰があります。一方仏教でいう戒めは、その語源もシーラという習慣からきているように「〜しません」という自主的な誓いの意味合いです。従って破ったものに対しては罰はありません。 つまり罰があるからルールを守るのはなく、罰がなくともルールを遵守するこれが本来の仏教徒、仏教を背景とした社会や国の理想的な姿なんです。この教えが深くあったからこそ日本には西洋のように法律が多くなくても、秩序が保たれたと言うことなんですね。その秩序は「自主的な誓い」と「社会的規則」の二重構造で保たれていたんだと思っております。 しかし戦後も六十年を過ぎますと、そういう仏教的戒め「自主的な誓い」は人々の心の中で薄れ、「社会的規則」さえ守ればいいんだろうという風潮に成ってしまいました。私はそれが昨今の日本人の日本社会の言動の乱れに深い深い影響を与えておるとおもっております。 2009年 11月 29日
悪戦苦闘の末、ニワトリに負けました。これまで柵の中で飼っていたにウェア取りですが、どうしても脱走し手島いました。そのため、作っても作っても畑が壊滅されてしまいました。はやり自然にはかないません。とうとう柵をあきらめて、小屋を造りました。振り返ってみますと、小屋はこれで、三作目です。これでもう脱走することはできません。おそらく…。写真は上から
平成21年11月3作目 平成20年4月2作目 平成20年11月1作目 ![]() ![]() ![]() 2009年 11月 16日
十一月八日、普門軒晋山式が行われました。小さな小さな普門軒始まって以来?、とてもたくさんの方に来ていただき、お祝いしていただきました。その儀式が滞りなく行われわけですが、それはその裏方の存在がとても大きいです。裏方としてたくさんの友人がはせ参じ、式を支えてくれました。お手伝いいただいた私の友人に感謝感激です。本当に本当にありがとうございます。
![]() 2009年 11月 09日
昨日の十一月八日、天候にも恵まれ無事に晋山式(新しい和尚が寺に入る儀式)を終えました。私たち禅宗坊主は出家する儀式として得度式という式を行います。その儀式では、三つの恩に対する感謝を始めにします。一つ目は天皇陛下、国土に対ししての感謝。二つ目は鎮守さんに対する感謝。そして三つ目は父母養育に対する感謝。これを三恩(さんいん)ともいいます。
私はこのたびの晋山式を通して、あらためて三つの感謝を強くかみしめました。一つ目は檀家さんに対する感謝です。小さいお寺ながらもあんなにも多くの人が足を運んでくれた。そしてこの方々とご先祖さんたちがこの普門軒を、この時代まで支えてくれたんだという感謝です。二つ目は実際に式を導いて、動かしいて下さった荷担寺院の皆様、とりわけ裏方として動いてくれた私の友人。人は心を以て動くんだと思いました。そして三つ目は私に僧侶としての心と形を授け、伝えて下さった二人の師匠に対する感謝です。一人は私の師匠であり、もう一人は普門軒の先住の和尚さんです。 ここで師匠の感謝を述べると終わりがないので、割愛させていただきますが、式の最中、師匠のお姿を目にした瞬間、これまでの道のりがよみがえり、「平常心是道」であるべき禅宗坊主ですが、感情的になってしまいました。 先住さんに対しては、戦後の大変厳しい状況の中、入寺して以来、五十年以上にわたり、住職として勤め上げた。こような小さな寺ならば、途中で住職もいなくなり、無住になり、他の和尚さんによる兼務寺に十分なり得えまたとおもわれます。その厳しい環境、状況であるお寺を平成のこの世まで伝えて下さった。このご苦労はまさに修行そのものだと思います。 私は今、この檀家さんおよびそのご先祖さん、関係各寺院の皆様と私の友人、そして師匠と先住和尚に対して深く深く感謝いたします。そしてその皆さんの心を裏切らない禅宗坊主として心を新たに致しました。皆様、本当にありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いいたします。 ![]() 2009年 11月 03日
方丈の庭もこんなに変わりました。禅寺にとって庭という空間、とりわけ本堂(方丈)の前は特別な空間です。
![]() ![]() 2009年 10月 31日
本日、ここにめでたく方丈庭の完成を皆さんご報告申し上げます。この作庭に於いて、植木屋さんにおかれましては大変お世話になりました。私が何度も何度も、石の配置などをお願いしたり、我が儘ばかりでしたら、愚痴一つ言わず、納得いくまで仕事をして下さいました。また宿坊に泊まってくれた多くの方々にもお手伝いいただきました。着工下のは冬の二月下旬。思えばもうすっかり秋です。いやー、長かった。これから随時、以前の庭もブログでご紹介していきます。どれだけ変わったか、ご堪能下さい。
![]() ![]() 2009年 10月 30日
いよいよ方丈(本堂)前の庭が完成に近づきました。今日、ようやく石畳も完成し、昨日から海(に見立てた場所)に赤土をまき始めました。明日には完成予定です。もうすぐです。何とか晋山式に間に合いそうです。
![]() ![]() 2009年 10月 29日
晋山式挙行まであと十日となってしまいました。たくさんの人のおかげでなんとか、形になるのではないかとそう言うところまでに成りました。あとは庭の整理と掃除だけです。玄関先の庭も今日、竹垣をこしらえて一応完成。細かいところは識の後に徐々に進めていきます。
![]() ![]() 2009年 10月 24日
晋山式に向け、玄関先の庭にも着手。だいぶ形になってきました。先日、雨の中、宿坊にお泊まりの方々と一緒に石を動かし、その石を中心に庭造りをしました。まだ途中ですが、こんな感じです。
![]() 2009年 10月 20日
普門軒では、来る十一月八日(日)に晋山式といってお寺に新しい住職を迎える儀式を行います。新しい住職とは私のことなんですけども。本来は檀信徒、先住の和尚、関係寺院が中心となって、儀式を計画、運営いたすわけです。しかし現在、多くの場合、新しい住職が自分でその段取り行います。
その晋山式の際に、金襴の豪華な衣や袈裟を新調するわけ何ですが、檀家も少ない普門軒ではなかなか寄付も募れません。でも私はとても幸せです。そんな豪華絢爛な衣や袈裟など必要有りません。 私が修業時代、私の祖母は長さ二十センチ程度の絹糸を来る日も来る日も、結び続けてくれていました。衣を作るためなんです。その結んだ絹糸を、直径十センチくらいのたまにしていくんです。それを見かねた両親もいっしょに結んでくれたそうです。あわせて四十個以上結んでくれたでしょうか。それを染屋で染めて、そして反物にし、さらに衣に仕立てくれました。三人で結んでくれて、晋山式を前に衣と袈裟までできたんです。糸を一本一本結んでいますから、ひげ紬に成っています。本当に考えられないことです。これは私の、いや普門軒の宝ものです。 おばあちゃんは今年九十三歳になりました。とてもともて元気なんですが、高齢のため私の晋山式には出席してもらえません。式が終わったら、その衣を着て、おばあちゃんといっしょに、ご先祖様にお経を読もうと思っております。 ![]() ![]() 2009年 10月 14日
ハチさんへ
夫婦別姓への私のブログの拝読、およびコメント、本当にありがとうございます。私も考えさせられました。もしハチさんが私の今回のブログお読みになったら、是非是非教えて頂きたいことがあります。 私はお寺の住職をしておりますが、実際のところ(あくまでも私の感覚ですが)、ご先祖の供養に対する檀信徒の姿勢は蔑ろの一途をたどっておるようにおもわれます。 ハチさんは「伝統は人間の知恵の結集だ。しかし、その姿は時の流れのなかで変化を積み重ねる。ある時代の形のみに囚われてしまうと、肝心な知恵の結集が見えなくなる」とおっしゃっておられます。 確かに、住職である私は、法事や月参り、彼岸供養など直接、関わっておりますので、先祖供養とはこうだ、イエとはこうだと、いう思いが強いのかもしれません。その結果、ハチさんのおっしゃっておられる「ある時代の形のみに囚われてしまうと、肝心な知恵の結集(伝統)が見えなくなっている」のかもしれません。 逆にお伺いしたのですが、(ある時代の形のみに囚われてしまっていないからこそ?)ハチさんに見える、家族やご先祖を蔑ろにしないための「肝心な知恵の結集(伝統)」とはいかがなものなのかを是非教えて下さい。是非その知恵の結集を教えていただきたいです。私もそれを生かしていきたいです。 ちなみにこれは余談ですが…。 ハチさんがおっしゃっているとおり「多くの人が苗字を持つようになって100年余り」という考えがあります。これは江戸時代の話ではありますが、寺や農村の古文書等を見るとそのほとんどの場合において、私称ではありますが名字や屋号を確認することができるそうです。小作人までも名字の書いてある古文書も多く存在しているそうです。それ故、現在では「江戸時代の庶民には名字が無かった」という説は、研究者の間でほぼ完全に否定されているそうです。古文書を研究している友人が以前、そう言っていました。実際、私のお寺の過去帳もすべての人に、血縁共同体としての屋号もしくは名字と、その続柄が書き記されております。 2009年 10月 13日
先日、ヤフーのニュースに風船アートの国際コンテストの記事と写真が載っておりました。巨大な恐竜なのか、ドラゴンなのか。たくさんの風船を使って、作ってありました。どうやらそれらを風船アートというそうです。
「だからなんなの?」。私の感想です。 奇しくも大きな禅寺に行きますと、本堂の天井に大きな龍の絵が描かれております。またある神社の祭の時にわらで大きな龍を作る習わしもあります。それらの龍と風船アートのドラゴン。私にとって明らかに違いを感じさせます。それはむなしさです。風船アートのドラゴンを作った人と本堂の天井に大きな龍を描いた作り手の思い、そしてどれだけの人に望まれて生まれてきたのか。この差です。それを思うと虚しさをかんじます。 天井の龍や祭りの龍の周りには「信」という思いを持った人々がたくさんいます。しかも「信」という思いを持った人々はその時代だけでなく、前の時代、次の時代にも存在します。そしてそれらの時をも超えた人々の思いに答えんとする作り手がいます。 そんなことに思いを抱くと、風船アートのドラゴンはとても虚しく思えてきます。あのドラゴンどんなにたくさんの人々の思いによって生まれてきたのでしょうか。本当に望まれて生まれてきたのでしょうか。もっというと本当にアート(芸、技、術)と言えるのでしょうか。単なるパフォーマンスではないでhそうか。今のご時世はそんな物が多すぎます。これは「信」のある祭りと、「一過性」のイベントの違いであることでしょう。 2009年 10月 02日
玄関前に大きな石を運びました。これがとても大変な作業でした。宿坊の泊まった方と一緒に運んでもらいました。「あーでない、こーでもない、こーやったら、あーやったら」と試行錯誤の上、ようやく運んだわけです。動いたときの感動は、忘れられません。泊まられた方もそうおっしゃて、岐路につきました。
![]() 2009年 09月 28日
今年二月下旬から始まった庭造りも、ようやく最終段階を迎えております。いまは、仕上げとして赤土をふるいに掛けて、きれいなものを表面に覆っています。四、五年後にはコケも生えてくることと思います。上の写真は赤土を巻く前です。きれいな赤土をまくとずいぶんと違うものです。
![]() ![]() 2009年 09月 27日
非常に困ったことになりましたな、民主党政権になりますと。私は坊さんですから、私の信条的立場は保守です。今日、こんなニュースを見て非常に困惑して居るわけです。「民主党政権、夫婦別姓導入へ」。日本人にとって家族またはイエというものは伝統的に非常に重要な価値です。なぜ日本人の名前は、個人の名前よりも先に、家族の名字が先に来るのでしょうか。私は個の前に公を重んずる文化を具現化しているものだ思って居るわけです。そう考えておられる方は多いと思われます。
夫婦別姓とは、どういう事なのか。これは名字の選択の話ではありません。家族という文化的集合体よりも、男女という単なる科学的性別を重きに置く価値への移行のことです。男女とはどこの国に行こうが男女です。しかし家族というものは、その国やその地域によってそのとらえ方が違います。とらえ方の違いこそ文化です。男か女かという分け方はそれは生物学的、科学的なとらえ方です。 繰り返しになりますが、日本は文化的に家族というものを非常に大切にしてきました。それは目に見える家族だけではありません。ご先祖という過去の家族に思いをはせる。そして未来の子孫に思いをはせる。それが日本人の家族観です。その家族観の象徴の一つが名字です。結婚し、そのイエに嫁いだものが、そのイエの名字に変わる。それはその家の者になったという一つの儀式であり、覚悟でもあります。 夫婦別姓とは家族よりも男女、イエよりも個人を重きを置くという第一歩であり、日本のこれまで歩んできた文脈にはない価値です。それをグローバルスタンダード、文明的ととらえるか。 ただいえることは、今、私たちは何千年も続いていた伝統をまた壊そうとしていることは確かです。 2009年 09月 25日
先日、電車に乗っておりまして、ふと中吊り広告をみますと、こんな事が書いてありました。
「われわれが、これまで科学や文化や宗教において達し得たところは、これから得ようとしているところに比べれば、取るに足りない。それ故、すでに達し得たところに安住することなく、目標を目指して奮闘する前進の過程こそ肝要なのである」 この文面を読みまして、本当に唖然というか、人類は、まだこういう言葉に踊らされてしまって居るんだなーと思ってしまうわけです。石庭で有名な竜安寺にみなさんもよくご存じかと思いますが、こんな言葉の書いてある手水鉢があります。 「吾唯足るを知る(われただたるをしる)」 みなさんにとって、どちらの言葉が心に響きますか。ちなみに上記の言葉は関西学院大学の広告で、創立者のW.R.ランバスという方のお言葉です。 2009年 09月 25日
いつも、「かぐら」さんには有り難いコメントいただいております。今回はブログを借りて、コメントに対する私の答えを書かせていただきました。
コメント有り難う。ちょっと私の方からコメントさせてもらいます。かぐらさんの視点、よーくわかります。確かに私はマンションに暮らしている人は快適だと思います。でも大切なことを忘れてはいませんか。それはマンションに住む自分の視点だけではなく、その周りに住んでいる人の視点です。普門軒の前にはいわゆるワンルームマンションが建っています。夜もずーっと街灯がついています。多くの人が住んでいますので、その空調機は一日中たえ間無く音を立てます。でも住んでいる人はそんなことは考えたこともないと思います。 住宅街にマンションに住んでいる多くの人は、町内会には顔を出さない。回覧板を回さない。もちろん掃除の日も出てきません。まさにダムのようにそびえ町内の流れの分断につながっていることは多々あります。 「和を以て貴ぶと為す」。これはかぐらさんもよーくご存じの言葉だと思います。生きるということは自分の快適さよりも、むしろ周りに不快はないか、そう言った視点も本当は必要だと思います。わたしはこの「和」とは目に見える横のつながりと同時に、過去や未来の縦のつながりも大切にせよといっていると思っています。それは日本のイエや先祖崇拝を大切にする思想に現れています。この周りとの調和の思想・心を受け継いでこその和楽ではないでしょうか。 家というものは所詮は物質であり、表層的なものです。しかし少なくとも、その表層的な家も、先ほどいった日本人の考え方というか、心持ち、思想が具現化されていれば、それは単なる物質ではありません。大切なことは、その家、道具、人の行為に、日本の調和の思想・心が宿っているかです。もし、そう言った心が具現化されたマンションなら和楽なマンションかもしれません。私はそう思っています。 2009年 09月 24日
こんなニュースを目にしました。東京の浅草において、高層マンション建設計画を巡り、下町の文化的景観が損なわれるなどとして、近隣の宗教法人「浅草寺」と住民が、建設計画の許可の取り消しを求めて東京地裁に提訴したそうです。浅草寺から四〇〇メートルの位置に、高さ一三〇メートルのマンション。
この国は経済の発展を国の根本思想においています。言い換えると発展途上国なんですね。ずーっと発展を求める。 私はとても不思議に思うことに、何で多くの日本人はマンションに住みたがるのでしょうか。本当にわかりません。教えて欲しいです。普門軒の本堂の前にも学生向けのワンルームマンションがそびえております。あんなのに何で学生をすみたくなるのか。本当にわかりません。誰か教えていただけませんか。そんなにマンション暮らしは良いものですか。 ちなみにこの国の人の六〇パーセントは、築十五年以内の建物に住んでいるそうです。
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