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2012年 05月 10日
竹垣は本当にいいものです。今日も投宿者のイタリア人のバレリオといっしょに竹垣作りです。彼はさすが職人の国からきただけあって勘がとてもいいです。ありがたいことに本当にスムーズに仕事ができました。
![]() ![]() ![]() 2012年 05月 10日
ようやく、千代(飼い犬)のための柵が完成しました。これで千代もリードにつながれっぱなしではなくなりました。寅次郎(前に飼っていた犬)の時に、何とか作りたいなーと思っていた柵ですが、トラの為には作ることができませんでした。ごめんな寅次郎。千代、その分、有り難いと思ってくださいよ。
そうそう、柵をいっしょに作ってくれた南アフリカの妙っさん(ブライアン)、福岡の舟さん、イタリアのバレリオ、そしていつもお手伝いに来てくれる時っさん、ありがとう。 ![]() ![]() 2012年 05月 09日
「自ら顧みてなおくんば、千万人ともいえども我行かん」『孟子』
吉田松陰も好きな言葉だったらしい。いい言葉だなー。 2012年 05月 05日
本日、泊まりに来た投宿の方。ずいぶん若い方で、年齢は21歳。平成生まれですね。その子に草むしりを頼みました。そうしたら、驚く事なかれ。コケをむしっているではありませんか。私が、一生懸命つけたコケを…。コケも雑草と同じなのか。日本人はおどこへ行ったのだ。
![]() ![]() 2012年 04月 30日
達磨さんの四つの実践、第二段階、随縁行(ずいえんぎょう)。読んで字の如く、縁に随って、転変し、そして、実践しなさいという行です。人間はいくら理想を持って行じようとしても、縁というものがなければどうにもなりません。
「随縁といふは、心の外に境をおいて修行するなり」と鎌倉時代の僧侶、一遍上人はおっしゃっております。 2012年 04月 27日
昨年、普門軒に半年ほどいたフランス人の子に作ってもらった畑にいよいよ苗を植えました。ずいぶんと寝かせておいたので、楽しみです。実はその畑はお墓の予定だった場所です。日当たりもいいし、お墓を希望する人もいないだろうし、私も「墓地あります」なんて売り込み気は全くないので、これはいい提案だとおもい、畑にすることにしたのです。
しかしもっと畑の場所がほしいなー。今日、とうとうさらにお墓予定に畑をつくる決断をしました。ショウガや里芋、サツマイモなどを植えようと思います。将来は野草畑にしようと思っております。 ![]() 2012年 04月 22日
今年もタケノコのシーズンの到来です。ちょっと遅めですが、おいしそうなタケノコが今年も顔を出しました。さっそくタケノコご飯を炊きました。
![]() 2012年 04月 21日
報冤行(ほうえんぎょう) 実践の第一段階で、いかなるうらみつらみがあっても、文句を言わないでそれを受け容れる、そういう実践内容です。
字を読み解くと、冤に報いる行(修行)ということになります。冤とはなにか。冤とはおおいを意味する「わかんむり」に兎と書きます。覆い被されて小さくうずくまっている兎を表しています。あーしたい、こーしたいという躍動を押さえられる結果、うらみつらみが生じる。そういう意味です。 そのうらみつらみに報いなさいと、達磨さんは説きます。 今の怒り、恨みは本当の心の気持なのか。一呼吸することによって、そんなものにとらわれず、思い切って捨ててみよ。そこに人間の根本に帰ることができる。恨みに対して逆に報いなさい。こういう意味です。 今日、ちょっとしたことで頭に来たなーと思われたあなた。それは本来の自己に気づく機会です。一呼吸して、その怒りに報いる日にしてください。 2012年 04月 16日
禅宗の開祖、達磨さんは修行には、二つの方法がある仰いました。ひとつは文章から得る所の知識・認識から入る理入(りにゅう)という入口。もうひとつは現実における実践から入る行入(ぎょうにゅう)という入口。こうおっしゃっております。
更に実践の行入には、四つの段階、報冤行(ほうえんぎょう)、随縁行(ずいえんぎょう)、無所求行(むしょぐぎょう)、称法行(しょうぼうぎょう)があります。 続きはあした。 2012年 04月 15日
京都は遅めの桜が今、満開です。今年も桜が咲いております。本当に有り難いことです。
2012年 04月 13日
人の礼法あるは水の堤防あるが如し。
水に堤防あれば氾濫の害なく、人に礼法あれば悪事生ぜず。 貝原益軒 2012年 03月 22日
一昨日、春期彼岸会を無事、勤め上げることができました。祝日にもかかわらず、たくさんの友人がお手伝いに来てくれたおかげです。本当に有り難いことです。
これからもよろしくお願いいたします。 2012年 03月 21日
縁起と人生の話。
1.無明(むみょう:根本煩悩)人間が過去世(いわゆる前世)で起こした一切の煩悩。 2.行(ぎょう:潜在的形成力)人間が過去世で起こした煩悩の為に様々な業、善悪の行為。 3.識(しき:識別作用)過去世の煩悩と業によって、この世の母親の胎内で生を受ける最初の心。 4.名色(みょうしき:肉体と精神)受胎してから4週間までの間、母体の中で心身が発育する。 5.六処 (りくしょ:眼、耳、鼻、舌、身、意の感覚)受胎して5週間目、六処が発達して胎内で盛んに動きだす。 6.触(しょく:接触)生まれてから2、3歳までの間、苦楽を感じることなく物に触れる。 7.受(じゅ:意識や接触から生じる苦楽)4、5歳から14、15才までの間、苦楽を識別し、外からの様々なことを受け入れる。 8.愛(あい:妄執)15、16歳から青年時代。物質的欲求が激しく、性欲もあり愛する感情が生まれる。 9.取(しゅ:執着)25、26歳から50歳位までの時代、色欲、物欲、名誉欲すべて旺盛になる。 10.有(ゆう:生存)生存によって欲望やそれに執着することから、来世(未来)に再び生まれ出る結果が定まる。ここまで積み重ねてきた業の為に未来の果報を有することとなる。 11.生(しょう:この世に生まれること)生は現在の業の結果として、来世に生まれること。 12.老死(ろうし:老いて死ぬこと)老衰してやがて死んで行き、未来世に生まれること。 2012年 03月 09日
母として生きる「儒教の規範」…「三従四徳(さんじゅうしとく)」
母としての儒教の規範は、「三従四徳」です。 三従とは「在家従父、出嫁従夫、夫死従子」(嫁に行くまでは父親に従い、嫁に行ったら夫に従い、夫が死んだら子供に従う) 四徳とは「婦徳、婦容、婦言、婦工」(女性らしい道徳、女性らしい容姿、女性らしい言葉遣い、料理屋裁縫の技術)を身につけることを言います。 三従四徳を守る理想的な女性、母としての目指すべき姿とは「良妻賢母」であるわけです。 ここまでの自律はすごいなー。 2012年 03月 03日
この度、居候部屋改修を期に、庫裡の畳を新調し、古い畳を居候部屋のものと取り替えました。普門軒の現在の建物が昭和五年(1930)のですから約八十年ぶりに新しい畳になりました。ちゃんと藁床の畳にいたしました。畳屋さんもとても親切な方で本当にありがたいことです。これでまた五十年は使っていけると思います。やはり少々高くてもちゃんとしたものを使うと言うことは、結果的に経済的といえると思います。
畳の部屋がずいぶんと少なくなってきています。もう少し日本人は伝統に対して謙虚にならなくてはなりません。 ![]() ![]() 2012年 03月 02日
居候のお部屋の改装が住みました。板の間の納戸から畳敷きの六畳の部屋になりました。畳は古い畳を使い、ゴザを敷きました。ついでに棚も作っていただきました。三年目の若手の大工さん。本当にありがとう。
![]() ![]() ![]() 2012年 02月 28日
いよいよ完成間近です。大工さんに頼んで床下にものが置けるようにしてもらいました。大工さんは何でもできてかっこいいですね。
![]() ![]() 2012年 02月 27日
お部屋ももうすぐ完成です。大工さん頑張ってください。
![]() ![]() 2012年 02月 24日
部屋の改装。今日は床板も全て外してもらいました。松の床板は来るべき土間復興の日のためにとっておくことにしております。また再利用をするつもりです。
改装をしてくれている大工さんは三年目の若い職人さんです。私の方から大工さんに是非、彼にやってもらいたいとお願いしました。若い職人さんにやってもらうことで、これから寝泊まりしてもらう人にも、そのことをお伝えしたいからです。みんなのような若い職人さんが作ってくれたんだよと。 職人さんは一生懸命仕事をしています。そのひたむきさ、私も忘れていたものが沸々とよみがえります。 ![]() ![]() 2012年 02月 23日
今後、住み込みの居候が来ても寝起きできるように、本堂の裏の納戸を畳の部屋に改装する事にしました。しういう若者がいても、普門軒には部屋数が少ないので、一大決意で畳の部屋にすることにしました。一人でも多くの若者が、普門軒に来て、禅寺暮らしの経験を人生に生かしていただけるとしたら、本当に禅寺冥利につきるというものです。このことは同時に私を身一つで弟子にしてくださった師匠をはじめ、普門軒を開かれた和尚様に対しての何よりの恩返しになると思っております。
ここで人生の修行をしてみたいと思ってもらえるお寺になれるよう、今後益々踏ん張らんといかんなーと思う今日この頃です。 ![]() ![]() 2012年 02月 20日
私は禅僧として、日本人とは何かを伝えています。それが私の禅僧として存在理由としています。その原点は大学生時代の外国への一人旅と、新渡戸稲造の『武士道』です。
誇りのもてない国、文化・歴史を軽視し、なんでも外国に求める。古きことよりも新しきことを求める。少なくとも私の原風景八〇年代にはそういった空気がありました。私が外国へ一人旅に出かけたのもその延長です。なにせ小さいころテレビで見た「ハウス食品世界名作劇場 」の世界が、ヨーロッパには広がっておりましたから、それは感動したものです。と同時に自分が日本人であるということの強烈な劣等感、そう劣等感を感じました。 何度か旅をしていくうちに、本気で日本が知りたくなり、いろいろな本を読みました。私の二十代は、日本人とは何か、日本人としてどうやって生きたらいいのか(個人的なテーマではありませんので、苦しみではありませんが)、悩み、追い求めました時代でした。と同時に、古い家に住み、着物を着て、古い家具に囲まれ、本や写真集、古い町並みへの旅行から、近代史の勉強、大東亜戦争のことなど、空間、物質、知識の上ではいろいろ学んだ二十代でした。そんななかで漠然としてあこがれのあった武士道をしりたくなり、新渡戸稲造の『武士道』を読むに至りました。小さな精神的なよりどころを感じたものです。 時が過ぎ、私も三十になりました。これからの道を悩みあぐんでいる時、禅僧であった祖父の歴史を聞き語りを通してまとめました。祖父はすでに九十を過ぎておりました。しかし祖父はアルバムや手書きなめもなどを用意してくれて、いろいろ私の質問に答えてくれました。時に私が全く戦前の知識がないことを恥たものです。そんな聞き語りを通して、私にも引き継ぎ、伝えるべきものがあったんだ、それはこんなすばらしい祖父そのものだと痛烈に思い、私は禅僧となる決断をいたしました。 今思えばまさに禅語の「看脚下」でした。これまでそとにそとに追いもとめていた二十代。禅の道を歩み出すことのできた三十代。そして今年の四月八日、私も四十歳を迎えます。四十歳を目の前にして私ははっきり見えてきました。私のこれから伝えるべきことが。それは日本人の精神です。 どうぞ、今、道に悩み、見失いそうな若者よ。普門軒の門をたたきにおいでなさい。いっしょに歩もう。 2012年 02月 19日
今朝、起きてみると一面雪景色です。雪が降っているといつもは真っ暗な早朝でも明るいですね。満月の日のようです。
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私は二〇歳のとき、はじめて外国へひと月ほど一人旅をしました。その後も毎年のように外国へ長期旅行に出かけました。一年大学を休んで外国でも暮らしたこともあります。はじめのころは息苦しい日本を離れ、自由な外国で気ままな一人旅でした。何を見てあーすばらしいなーと思ってしまいました。特にヨーロッパをぐるぐると回りました。旅を何度もしていくうちに、私の中にあった、これまで全く気づかなかったものに火が灯されました。それが「オレは日本人なんだ」という意識です。
それからは逆に国内旅行に出かけます。伝統的な町並みののこる田舎町、城下町、港町、農村…。機会があればでかけました。大学院ではまちづくりや景観問題について勉強させてもらいました。日本の風景がふくらんでいきました。こんなキレイな町並みがあるのか、民家はこんなに美しいのか…。 ただ民家や農家、町並みを見ているだけでは満足できず、サラリーマン時代は伝統的な町家に住みました。そのうち着物を着るようになりました。伝統的な家具を買い、古い映画を見、実際に自分がその伝統的な暮らしを見よう見まねでするようになりました。 二〇歳のときの外国へ一人旅がはじまりでした。 2012年 02月 14日
私は小津安二郎監督が大好きです。先日、『宗方姉妹』という映画を久しぶりに見ました。いつも着物姿の古風な姉と洋服姿のモダンな妹の話です。そんな『宗方姉妹』の印象的な姉妹の口げんかのシーンがあります。本当にいいんです。
「満里ちゃん、私そんなに古い? ね、あんたの新しいってどういうこと? どういうことなの?」 「お姉さん自分では古くないと思ってらっしゃるの?」 「だからあんたに聞いてんのよ」 「お姉さん、京都行ったってお庭見て歩いたりお寺回ったり」 「それが古いことなの? それがそんなにいけないこと?」 「‥‥‥」 「私は古くならないことが新しいことだと思うのよ。ほんとに新しいことはいつまでたっても古くならないことだと思ってんのよ。そうじゃない? あんたの新しいってこと、去年流行った長いスカートが今年は短くなるってことじゃない? みんなが爪を赤くすれば自分も赤く染めなきゃ気がすまないってことじゃないの? 明日古くなるものでも今日だけ新しく見えさえすりゃ、あんたそれが好き? 前島さん見てご覧なさい。戦争中先に立って特攻隊に飛び込んだ人が、今じゃそんなことケロッと忘れてダンスや競輪に夢中になってるじゃないの。あれがあんたの言う新しいことなの?」 「だって世の中がそうなってるんだもの」 「それがいいことだと思ってんの?」 「だってしょうがないわよ。いいことか悪いことか、そうしなきゃ遅れちゃうんだもの。満里子、みんなに遅れたくないのよ」 「いいじゃないの遅れたって」 「厭なの。そこがお姉さんと私とは違うのよ。育った世の中が違うんだもの。私はこういうふうに育てられてきたの。悪いとは思ってないの」 2012年 02月 11日
作詞:高崎 正風
作曲:伊沢 修二 一、 雲に聳(そび)ゆる高千穂の 高根おろしに草も木も なびきふしけん大御世(おおみよ)を 仰ぐ今日こそたのしけれ 二、 海原なせる埴安(はにやす)の 池のおもより猶(なお)ひろき めぐみの波に浴(あ)みし世を 仰ぐ今日こそたのしけれ 三、 天つひつぎの高みくら 千代よろずよに動きなき もとい定めしそのかみを 仰ぐ今日こそたのしけれ 四、 空にかがやく日のもとの よろずの国にたぐいなき 国のみはしらたてし世を 仰ぐ今日こそたのしけれ 明治二十六年 2012年 02月 04日
身体にいいものを食べる。健康を考えて食事をする。長生きをするために、ガンに効くから…。昨今、健康や食に対する意識が高くなっております。
私は少しこの傾向について、思いがあります。日本人の是までの命や寿命についてのとらえ方からすると少々違和感を感じるのです。 そもそも寿命の「寿」とはもともと長い年月という意味があります。「命」とは、いいつける、申しつけるという意味です。そう「命令」という意味です。漢和辞典にはこのように書かれております。なりゆきは天の命ずるところとして運命、ひいては人間の寿命も運命で定まっているとして「いのち」の意となった。 命(いのち)とは「天の命(めい)」なのです。私たちには天命を伸ばすことも、縮めることもできないのです。私たちにできることは天命を全うするために、健康のみならず、人と人の関係などに気をつけることなのです。長生きをするために何かに気をつけるのではありません。 天の命を全うするためというのが本来の日本人の命に対する姿勢であると私は思います。 2012年 02月 01日
「禅」。示偏に「単」と書きます。「示す」とは何が示されているのでしょうか。示偏は元来、祭事に関わる字に用いる偏です。つまり「示す」とは神々や仏の心が示されているという意味なのです。
「禅」。禅とは神々や仏の心が単純に示されているもの、形、スタイルであるといえます。またその道筋が単純に示されているものです。 禅はシンプルである。なるほど字の通りです。何がシンプルなのか。それは仏の心そのものが元来シンプルなのであり、それに向かう教え、道筋がシンプルなのです。シンプルとは、ただ「一心に」「ひたすらに」「おもむくままに」「一途に」という言葉に言い換えられます。 「蝉」。虫偏に「単」と書きます。蝉はただ一心に、ただひたすらに鳴きます。鳴くことによって得するわけでもなく、その先に答えがあるから鳴くわけでもない。ただひたすらに鳴き尽くす。 「寒蝉枯木を抱き、鳴き尽くして頭を回らさず」(かんせんこぼくをいだき、なきつくしてこうべをめぐらさず) 2012年 01月 30日
大阪の橋下市長。私は内政に関して支持しております。こういうことを書くとおそらく何らかのコメントがあると思いますが、一に申し上げておきますが、誹謗中傷な、建設的でないコメントは書かないでください。話がそれました。
その橋下市長がこのほど仰られた「船中八策」。そういえば『竜馬がゆく』で読んだなーと、バクマティスト(幕末好きの人のことを指す私が作った言葉)にはくすぐられる言葉です。あらためて「船中八策」を読み返してみました。 【大政の奉還】 → 【首相公選制?】 一、天下の政権を朝廷に奉還せしめ、政令宜しく朝廷より出づべき事。 【上下両院の設置による議会政治】 → 【一院制へ?】 一、上下議政局を設け、議員を置きて万機を参賛せしめ、万機宜しく公議に決すべき事。 【すぐれた人材の登用】 → 【公務員改革?】 一、有材の公卿諸侯及び天下の人材を顧問に備え官爵を賜い、宜しく従来有名無実の官を除くべき事。 【不平等条約の改定】 → 【外交???】 一、外国の交際広く公議を採り、新に至当の規約を立つべき事。 【憲法の制定】 → 【憲法改正?】 一、古来の律令を折衷し、新に無窮の大典を撰定すべき事。 【海軍力の増強】 → 【自衛隊から海軍へ?】 一、海軍宜しく拡張すべき事。 【天皇陛下・御所護衛兵の設置】 → 【自衛隊から陸軍へ?】 一、御親兵を置き、帝都を守衛せしむべき事。 【金銀の交換レートの変更】 → 【財政改革?】 一、金銀物貨宜しく外国を平均の法を設くべき事。 以上八策は方今天下の形勢を察し、之を宇内万国に徴するに、之を捨て他に済時の急務あるなし。苟も此数策を断行せば、皇運を挽回し、国勢を拡張し、万国を並行するも、亦敢て難しとせず。伏て願くば公明正大の道理に基き、一大英断を以て天下と更始一新せん。 改めて読んでみると、なるほど国の改革というのは、内容や方法はともかく、うつべき箇所は同じなんだなと感じました。ただここに教育に関することが入っていなかったと思いました。 2012年 01月 28日
毎年、お伊勢さんにお参りに行っております。お伊勢さんは空気が違います。
![]() 2012年 01月 22日
千代がお寺に来てもう一ヶ月が経ちました。本当に早いものです。早いと言えば、本当に大きくなりました。
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