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2009年 11月 16日
十一月八日、普門軒晋山式が行われました。小さな小さな普門軒始まって以来?、とてもたくさんの方に来ていただき、お祝いしていただきました。その儀式が滞りなく行われわけですが、それはその裏方の存在がとても大きいです。裏方としてたくさんの友人がはせ参じ、式を支えてくれました。お手伝いいただいた私の友人に感謝感激です。本当に本当にありがとうございます。
![]() 2009年 11月 09日
昨日の十一月八日、天候にも恵まれ無事に晋山式(新しい和尚が寺に入る儀式)を終えました。私たち禅宗坊主は出家する儀式として得度式という式を行います。その儀式では、三つの恩に対する感謝を始めにします。一つ目は天皇陛下、国土に対ししての感謝。二つ目は鎮守さんに対する感謝。そして三つ目は父母養育に対する感謝。これを三恩(さんいん)ともいいます。
私はこのたびの晋山式を通して、あらためて三つの感謝を強くかみしめました。一つ目は檀家さんに対する感謝です。小さいお寺ながらもあんなにも多くの人が足を運んでくれた。そしてこの方々とご先祖さんたちがこの普門軒を、この時代まで支えてくれたんだという感謝です。二つ目は実際に式を導いて、動かしいて下さった荷担寺院の皆様、とりわけ裏方として動いてくれた私の友人。人は心を以て動くんだと思いました。そして三つ目は私に僧侶としての心と形を授け、伝えて下さった二人の師匠に対する感謝です。一人は私の師匠であり、もう一人は普門軒の先住の和尚さんです。 ここで師匠の感謝を述べると終わりがないので、割愛させていただきますが、式の最中、師匠のお姿を目にした瞬間、これまでの道のりがよみがえり、「平常心是道」であるべき禅宗坊主ですが、感情的になってしまいました。 先住さんに対しては、戦後の大変厳しい状況の中、入寺して以来、五十年以上にわたり、住職として勤め上げた。こような小さな寺ならば、途中で住職もいなくなり、無住になり、他の和尚さんによる兼務寺に十分なり得えまたとおもわれます。その厳しい環境、状況であるお寺を平成のこの世まで伝えて下さった。このご苦労はまさに修行そのものだと思います。 私は今、この檀家さんおよびそのご先祖さん、関係各寺院の皆様と私の友人、そして師匠と先住和尚に対して深く深く感謝いたします。そしてその皆さんの心を裏切らない禅宗坊主として心を新たに致しました。皆様、本当にありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いいたします。 ![]() 2009年 11月 03日
方丈の庭もこんなに変わりました。禅寺にとって庭という空間、とりわけ本堂(方丈)の前は特別な空間です。
![]() ![]() 2009年 10月 31日
本日、ここにめでたく方丈庭の完成を皆さんご報告申し上げます。この作庭に於いて、植木屋さんにおかれましては大変お世話になりました。私が何度も何度も、石の配置などをお願いしたり、我が儘ばかりでしたら、愚痴一つ言わず、納得いくまで仕事をして下さいました。また宿坊に泊まってくれた多くの方々にもお手伝いいただきました。着工下のは冬の二月下旬。思えばもうすっかり秋です。いやー、長かった。これから随時、以前の庭もブログでご紹介していきます。どれだけ変わったか、ご堪能下さい。
![]() ![]() 2009年 10月 30日
いよいよ方丈(本堂)前の庭が完成に近づきました。今日、ようやく石畳も完成し、昨日から海(に見立てた場所)に赤土をまき始めました。明日には完成予定です。もうすぐです。何とか晋山式に間に合いそうです。
![]() ![]() 2009年 10月 29日
晋山式挙行まであと十日となってしまいました。たくさんの人のおかげでなんとか、形になるのではないかとそう言うところまでに成りました。あとは庭の整理と掃除だけです。玄関先の庭も今日、竹垣をこしらえて一応完成。細かいところは識の後に徐々に進めていきます。
![]() ![]() 2009年 10月 24日
晋山式に向け、玄関先の庭にも着手。だいぶ形になってきました。先日、雨の中、宿坊にお泊まりの方々と一緒に石を動かし、その石を中心に庭造りをしました。まだ途中ですが、こんな感じです。
![]() 2009年 10月 20日
普門軒では、来る十一月八日(日)に晋山式といってお寺に新しい住職を迎える儀式を行います。新しい住職とは私のことなんですけども。本来は檀信徒、先住の和尚、関係寺院が中心となって、儀式を計画、運営いたすわけです。しかし現在、多くの場合、新しい住職が自分でその段取り行います。
その晋山式の際に、金襴の豪華な衣や袈裟を新調するわけ何ですが、檀家も少ない普門軒ではなかなか寄付も募れません。でも私はとても幸せです。そんな豪華絢爛な衣や袈裟など必要有りません。 私が修業時代、私の祖母は長さ二十センチ程度の絹糸を来る日も来る日も、結び続けてくれていました。衣を作るためなんです。その結んだ絹糸を、直径十センチくらいのたまにしていくんです。それを見かねた両親もいっしょに結んでくれたそうです。あわせて四十個以上結んでくれたでしょうか。それを染屋で染めて、そして反物にし、さらに衣に仕立てくれました。三人で結んでくれて、晋山式を前に衣と袈裟までできたんです。糸を一本一本結んでいますから、ひげ紬に成っています。本当に考えられないことです。これは私の、いや普門軒の宝ものです。 おばあちゃんは今年九十三歳になりました。とてもともて元気なんですが、高齢のため私の晋山式には出席してもらえません。式が終わったら、その衣を着て、おばあちゃんといっしょに、ご先祖様にお経を読もうと思っております。 ![]() ![]() 2009年 10月 14日
ハチさんへ
夫婦別姓への私のブログの拝読、およびコメント、本当にありがとうございます。私も考えさせられました。もしハチさんが私の今回のブログお読みになったら、是非是非教えて頂きたいことがあります。 私はお寺の住職をしておりますが、実際のところ(あくまでも私の感覚ですが)、ご先祖の供養に対する檀信徒の姿勢は蔑ろの一途をたどっておるようにおもわれます。 ハチさんは「伝統は人間の知恵の結集だ。しかし、その姿は時の流れのなかで変化を積み重ねる。ある時代の形のみに囚われてしまうと、肝心な知恵の結集が見えなくなる」とおっしゃっておられます。 確かに、住職である私は、法事や月参り、彼岸供養など直接、関わっておりますので、先祖供養とはこうだ、イエとはこうだと、いう思いが強いのかもしれません。その結果、ハチさんのおっしゃっておられる「ある時代の形のみに囚われてしまうと、肝心な知恵の結集(伝統)が見えなくなっている」のかもしれません。 逆にお伺いしたのですが、(ある時代の形のみに囚われてしまっていないからこそ?)ハチさんに見える、家族やご先祖を蔑ろにしないための「肝心な知恵の結集(伝統)」とはいかがなものなのかを是非教えて下さい。是非その知恵の結集を教えていただきたいです。私もそれを生かしていきたいです。 ちなみにこれは余談ですが…。 ハチさんがおっしゃっているとおり「多くの人が苗字を持つようになって100年余り」という考えがあります。これは江戸時代の話ではありますが、寺や農村の古文書等を見るとそのほとんどの場合において、私称ではありますが名字や屋号を確認することができるそうです。小作人までも名字の書いてある古文書も多く存在しているそうです。それ故、現在では「江戸時代の庶民には名字が無かった」という説は、研究者の間でほぼ完全に否定されているそうです。古文書を研究している友人が以前、そう言っていました。実際、私のお寺の過去帳もすべての人に、血縁共同体としての屋号もしくは名字と、その続柄が書き記されております。 2009年 10月 13日
先日、ヤフーのニュースに風船アートの国際コンテストの記事と写真が載っておりました。巨大な恐竜なのか、ドラゴンなのか。たくさんの風船を使って、作ってありました。どうやらそれらを風船アートというそうです。
「だからなんなの?」。私の感想です。 奇しくも大きな禅寺に行きますと、本堂の天井に大きな龍の絵が描かれております。またある神社の祭の時にわらで大きな龍を作る習わしもあります。それらの龍と風船アートのドラゴン。私にとって明らかに違いを感じさせます。それはむなしさです。風船アートのドラゴンを作った人と本堂の天井に大きな龍を描いた作り手の思い、そしてどれだけの人に望まれて生まれてきたのか。この差です。それを思うと虚しさをかんじます。 天井の龍や祭りの龍の周りには「信」という思いを持った人々がたくさんいます。しかも「信」という思いを持った人々はその時代だけでなく、前の時代、次の時代にも存在します。そしてそれらの時をも超えた人々の思いに答えんとする作り手がいます。 そんなことに思いを抱くと、風船アートのドラゴンはとても虚しく思えてきます。あのドラゴンどんなにたくさんの人々の思いによって生まれてきたのでしょうか。本当に望まれて生まれてきたのでしょうか。もっというと本当にアート(芸、技、術)と言えるのでしょうか。単なるパフォーマンスではないでhそうか。今のご時世はそんな物が多すぎます。これは「信」のある祭りと、「一過性」のイベントの違いであることでしょう。 2009年 10月 02日
玄関前に大きな石を運びました。これがとても大変な作業でした。宿坊の泊まった方と一緒に運んでもらいました。「あーでない、こーでもない、こーやったら、あーやったら」と試行錯誤の上、ようやく運んだわけです。動いたときの感動は、忘れられません。泊まられた方もそうおっしゃて、岐路につきました。
![]() 2009年 09月 28日
今年二月下旬から始まった庭造りも、ようやく最終段階を迎えております。いまは、仕上げとして赤土をふるいに掛けて、きれいなものを表面に覆っています。四、五年後にはコケも生えてくることと思います。上の写真は赤土を巻く前です。きれいな赤土をまくとずいぶんと違うものです。
![]() ![]() 2009年 09月 27日
非常に困ったことになりましたな、民主党政権になりますと。私は坊さんですから、私の信条的立場は保守です。今日、こんなニュースを見て非常に困惑して居るわけです。「民主党政権、夫婦別姓導入へ」。日本人にとって家族またはイエというものは伝統的に非常に重要な価値です。なぜ日本人の名前は、個人の名前よりも先に、家族の名字が先に来るのでしょうか。私は個の前に公を重んずる文化を具現化しているものだ思って居るわけです。そう考えておられる方は多いと思われます。
夫婦別姓とは、どういう事なのか。これは名字の選択の話ではありません。家族という文化的集合体よりも、男女という単なる科学的性別を重きに置く価値への移行のことです。男女とはどこの国に行こうが男女です。しかし家族というものは、その国やその地域によってそのとらえ方が違います。とらえ方の違いこそ文化です。男か女かという分け方はそれは生物学的、科学的なとらえ方です。 繰り返しになりますが、日本は文化的に家族というものを非常に大切にしてきました。それは目に見える家族だけではありません。ご先祖という過去の家族に思いをはせる。そして未来の子孫に思いをはせる。それが日本人の家族観です。その家族観の象徴の一つが名字です。結婚し、そのイエに嫁いだものが、そのイエの名字に変わる。それはその家の者になったという一つの儀式であり、覚悟でもあります。 夫婦別姓とは家族よりも男女、イエよりも個人を重きを置くという第一歩であり、日本のこれまで歩んできた文脈にはない価値です。それをグローバルスタンダード、文明的ととらえるか。 ただいえることは、今、私たちは何千年も続いていた伝統をまた壊そうとしていることは確かです。 2009年 09月 25日
先日、電車に乗っておりまして、ふと中吊り広告をみますと、こんな事が書いてありました。
「われわれが、これまで科学や文化や宗教において達し得たところは、これから得ようとしているところに比べれば、取るに足りない。それ故、すでに達し得たところに安住することなく、目標を目指して奮闘する前進の過程こそ肝要なのである」 この文面を読みまして、本当に唖然というか、人類は、まだこういう言葉に踊らされてしまって居るんだなーと思ってしまうわけです。石庭で有名な竜安寺にみなさんもよくご存じかと思いますが、こんな言葉の書いてある手水鉢があります。 「吾唯足るを知る(われただたるをしる)」 みなさんにとって、どちらの言葉が心に響きますか。ちなみに上記の言葉は関西学院大学の広告で、創立者のW.R.ランバスという方のお言葉です。 2009年 09月 25日
いつも、「かぐら」さんには有り難いコメントいただいております。今回はブログを借りて、コメントに対する私の答えを書かせていただきました。
コメント有り難う。ちょっと私の方からコメントさせてもらいます。かぐらさんの視点、よーくわかります。確かに私はマンションに暮らしている人は快適だと思います。でも大切なことを忘れてはいませんか。それはマンションに住む自分の視点だけではなく、その周りに住んでいる人の視点です。普門軒の前にはいわゆるワンルームマンションが建っています。夜もずーっと街灯がついています。多くの人が住んでいますので、その空調機は一日中たえ間無く音を立てます。でも住んでいる人はそんなことは考えたこともないと思います。 住宅街にマンションに住んでいる多くの人は、町内会には顔を出さない。回覧板を回さない。もちろん掃除の日も出てきません。まさにダムのようにそびえ町内の流れの分断につながっていることは多々あります。 「和を以て貴ぶと為す」。これはかぐらさんもよーくご存じの言葉だと思います。生きるということは自分の快適さよりも、むしろ周りに不快はないか、そう言った視点も本当は必要だと思います。わたしはこの「和」とは目に見える横のつながりと同時に、過去や未来の縦のつながりも大切にせよといっていると思っています。それは日本のイエや先祖崇拝を大切にする思想に現れています。この周りとの調和の思想・心を受け継いでこその和楽ではないでしょうか。 家というものは所詮は物質であり、表層的なものです。しかし少なくとも、その表層的な家も、先ほどいった日本人の考え方というか、心持ち、思想が具現化されていれば、それは単なる物質ではありません。大切なことは、その家、道具、人の行為に、日本の調和の思想・心が宿っているかです。もし、そう言った心が具現化されたマンションなら和楽なマンションかもしれません。私はそう思っています。 2009年 09月 24日
こんなニュースを目にしました。東京の浅草において、高層マンション建設計画を巡り、下町の文化的景観が損なわれるなどとして、近隣の宗教法人「浅草寺」と住民が、建設計画の許可の取り消しを求めて東京地裁に提訴したそうです。浅草寺から四〇〇メートルの位置に、高さ一三〇メートルのマンション。
この国は経済の発展を国の根本思想においています。言い換えると発展途上国なんですね。ずーっと発展を求める。 私はとても不思議に思うことに、何で多くの日本人はマンションに住みたがるのでしょうか。本当にわかりません。教えて欲しいです。普門軒の本堂の前にも学生向けのワンルームマンションがそびえております。あんなのに何で学生をすみたくなるのか。本当にわかりません。誰か教えていただけませんか。そんなにマンション暮らしは良いものですか。 ちなみにこの国の人の六〇パーセントは、築十五年以内の建物に住んでいるそうです。 2009年 09月 23日
本日、普門軒では十九名の方にご参列いただき、秋のお彼岸を行いました。法要が終わったあと、私の方から少しお話をさせていただきました。なかなかうまく話すことができませんでしたが、勉強させていただきました。またその後に、友人たちがつくってくれたおそうめんのお接待をさせていただきました。
お手伝いにはたくさんの友人に来てもらい、本当に助かりました。非常に有り難いことです。本当に有り難いことです。合掌。 ![]() 2009年 09月 20日
昨日は稲刈りをして参りました。五月にお百姓の友人の田んぼに植えた稲が、もうすっかり稲補をつけております。皆さんもご承知の言葉にこんな言葉がありますね。
「実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」 人格の高い人ほど、相手に対して態度が謙虚である。この言葉が浮かびますね。 ただ、稲刈りをしているときはそれはそれはしんどいものですね。稲刈りといっても友人の田んぼは鎌で借ります。コンバインなど有りません。先程の言葉よりもむしろ、昔のお百姓さんは本当にえらいなーと痛感いたしました。このとれたお米は、十一月に行う私の晋山式で祝斎(お祝いのお食事)として、出させていただく予定です。 ![]() ![]() ![]() 2009年 09月 20日
今日からお彼岸に入ります。いつもながらお彼岸週間の徳目を書いておきます。
第一日目、布施 常に他人のためにあれ 第二日目、持戒 世の中の規則を遵守せよ 第三日目、忍辱 何事も辛抱強くあれ 第四日目、ご先祖へお参り 第五日目、精進 本分を真剣に勤めよ 第六日目、禅定 確かな信念を体得せよ 第七日目、智慧 世相を正しく見極めよ 2009年 09月 12日
日本人にとって「国連」といえば、国際連合と相場は決まっています。実は私たちが生きているこの世界には国際連合というものはないんです。
日本で国際連合と呼ばれている組織は英語名でUnited Nationsといいます。この名称には国際にあたる英単語はありませんね。ではUnited Nationsはいつから使い始められたか。それは第二次世界大戦中のアメリカで使われそうです。日独伊の三国をAxis Powers(枢軸国)とよび、アメリカ側をUnited Nationsと呼んだ。ではUnited Nationsとはどう訳すか。ご承知の通り連合国です。つまり私たちが国連、国連と呼んでいる国際連合とは、実は連合国のことなんですね。 日本と同様に漢字を使用している中華民国や中華人民共和国では、国連のことを「联合国」と訳しています。日本で用いられている漢字に直すと連合国にあたります。 世界中ではUnited Nationsを連合国と呼んでいるんですね。 ![]() 2009年 09月 10日
先日、公務にて東京に行って参りました。東京は大きいですね。本当に大きい。ヒューマンスケールを超えております。
京都には御所がありますが、東京には皇居(もと宮城)があります。やはり東京といえば皇居の参観ですね。皇居には事前に予約して参観する場所と、予約なしで参観できる場所があります。今回は初めて事前予約の必要な場所の参観に行って参りました。 いやー、皇居は本当にきれいですね。緑も多く、広いですね。ここはもともと江戸城ですから、江戸城の跡もたくさん残っております。お城の櫓も残っているんですが、こんなことを「全部お城を立て直したらいいのにねー」と若い参観者が話をしておりました。 でもこの国の大多数はお城の立て直して、後世に伝えることよりも、ビルを建てて、経済を成長させていくことを是としているんです。お城を建てろと言っているんじゃありません。文化よりも経済、伝統よりも経済。あまりにも経済一辺倒ではないでしょうか。「武士は食わねど高楊枝」。この言葉も今は昔ですね。 平成の世、皇居の周りには高層ビルが雨後の筍の如く立ち並んでおります。戦前、こういう事態はあり得ません。皇居の周りに天皇陛下を見下ろすことになる高層ビルを建てることは「不敬罪」になるわけです。今の日本人は高層ビルを建てないと「不経済」であるとして、お寺や神社のまわりでもお構いなしに開発していきます。特に若い日本人の皆さん、一番大切なことは経済ではありませんよ。絶対に違いますよ。 ![]() 2009年 09月 03日
Read me
Please tell the following items by e-mail. I contact you later on here. I need your help by staying of two or more nights. One night changes to 4000 yen 2-meal lump. The longest is one week. This is not Guesthouse!!! This is Zen temple!!! Send me 1. Name(Representative) 2. Address, E-mail 3. How many people 4. Generation 5. When 6. Question About me address: 1-11 kinugasa akasaka-cho kita-ku kyoto. zip603-8486 tel: 075-463-8474 e-mail: fumonken@nifty.com 2009年 09月 03日
Daily schedule
4:30 : Wake up, little toilet, morning sutras. 5:10 : Zazen 6:00 : Cleaning 6:30 : Breakfast 7:00 : Tea 7:30 : temple work (sweeping the garden, cleaning the windows, take off bad weeds…) 8:00 : Free time Free time is from 8:00 to 17:30. You may have a nap, or directly go sighseeing in Kyoto or anything, please be back at 17:30 at least. Besides you have to be out between 10:00 an 16:00, except If you wish, you are welcome to stay at the temple to help in the temple’s activity (field work, gardening,…). 17:30: Time to be back at the temple 18:00: Dinner After dinner : Evening sutras, and then zazen 19:00 : Bath time / free time. You can read, copy sutras or do zazen on your own. 21:45 : Get ready to sleep. 22:00 : Night sutra All lights off. 2009年 09月 03日
Important rules about Fumonken
Fumonken, as a zen temple is not just a lodging convenience. One is expected to come here with the idea of regazing at one’s every day life in an other perspective, as in a retreat. The first step of zen is losing “oneself” and “personal circumstances”. This is why there are a lot of very formal rules in zen temples. Please think that respecting those rules are the way to lose one’s self. State of mind of the one who stays at a temple Being lodged in a temple Spend this time without forgetting the respect and gratitude owed to the Buddha and the temple itself. Observe one’s word Without letting things such as “oneself” or “personal circumstances” interfere, repect the rules of the temples. Harmony prevails on anything else Spend this time with understanding and cautiousness towards the others, the global harmony being the most important thing. 2009年 09月 01日
九月一日は防災の日ですね。1923年(大正十二年)に起きた関東大震災がその起源なわけですが、関東大震災と聞くととても、とても昔のような感じがします。私の世代からしますと、歴史の中の出来事という感じが否めません。
いつものように私のおじいさんの話です。おじいさんは昭和初期に東京におりました。東京の大学に入ったからです。その当時の話を聞いたときです。「おじいちゃん、田舎から東京へ行ったからずいぶん驚いたでしょう?」。おじいさんは「東京は泥だらけじゃった」と答えました。「なんで?」。おじいちゃんの答えは「ほりゃー、関東大震災の後だもんでなー(後だからなー)」。 明治末期生まれのおじいちゃん。関東大震災も大東亜戦争も知っています。ずいぶん昔ですが、でもちょっと昔の話なんです。 2009年 08月 31日
衆院選が終わりましたね。皆さんご承知の通り民主党の圧勝でした。いずれにしても「変えていく」と言うことは、必要な事だと思います。ただ、大切なことは世の中には変えてはいけないことがあるということです。民主党にはみそもくそのいっしょに変えてしまうのではないかという心配が少々あります。非常に心配です。
私は坊さんであす。坊さんは何百年と変わらぬ教えを伝える事がその責務です。目的は教えを伝えることですから、その方法を「変えていく」ということはあっても、伝えるべき教えの内容は変えてはなりません。 政治の場合も然り。政治で言うならば「教え」とは何か? 世の中の「秩序の維持と修正」であって、その采配が責務です。これが政治だと思います。そのためには常に達観した視野が必要です。それは横の広がりと同時に縦のつながりです。横とは今生きている人々、縦とはこれまで、そしてこれから生きる人々のことで、政治家たらんとする者は縦と横の視点に立ってものごとを考えることです。 2009年 08月 25日
八月も下旬に入り、だいぶ涼しくなってきました。朝方は寒いくらいです。朝も暗くなって参りましたし、暦の上では「処暑」に入り、暑さが峠を越えて後退し始めるころと言います。いつもながら感じることですが、時は泊とまることはありません。
2009年 08月 22日
八月も下旬に入り、夜がずいぶんと涼しくなって参りました。と同時に虫たちが蝉からコオロギや鈴虫に変わってきました。毎日同じ事をしておりますと、自然の些細な変化に敏感になって参ります。
2009年 08月 15日
今年も八月十五日が来ました。今年は幾分暑さの和らいだ日だったような気がします。普門軒は小さなお寺で檀家数も少ないですが、大東亜戦争で亡くなられた数人の英霊が眠っております。前のブログでも書いたとおり、先々代の住職も昭和十七年フィリピンで亡くなっております。
お盆の季節で、各家にお参りに参りますと、対応される方の多くは、年配の方です。こういう季節ですから戦前や、戦時中のお話になることが多いです。そんな中で先日、樺太で終戦を迎えた方のお話を伺いました。当時のソビエトは日本と日ソ中立条約を結んでいましたから、八月九日のソ連の日本に対し宣戦布告は、完全な国際法違反でした。そのとき、宣戦布告はソ連の日本大使館へ通達しました。しかしながら日本大使館から日本本土に向けての電話回線は全て切断されておったので、完全な奇襲攻撃となったわけです。 本土はもちろんのこと、外地である樺太の人々にとって、ソ連の奇襲は寝耳に水ですね。こういうことを日本では卑怯者というのですが、国際社会では特に、その歴史における戦争の度合いの高い西洋人になっては、勝てば官軍なのかもしれません。 2009年 08月 08日
暑いですね。夏は本当に暑いです。これでは夏ではなく、熱ですね。大変短くでごめんなさい。
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