IE9ピン留め
トップ
船中八策
大阪の橋下市長。私は内政に関して支持しております。こういうことを書くとおそらく何らかのコメントがあると思いますが、一に申し上げておきますが、誹謗中傷な、建設的でないコメントは書かないでください。話がそれました。

その橋下市長がこのほど仰られた「船中八策」。そういえば『竜馬がゆく』で読んだなーと、バクマティスト(幕末好きの人のことを指す私が作った言葉)にはくすぐられる言葉です。あらためて「船中八策」を読み返してみました。

【大政の奉還】 → 【首相公選制?】
一、天下の政権を朝廷に奉還せしめ、政令宜しく朝廷より出づべき事。

【上下両院の設置による議会政治】 → 【一院制へ?】
一、上下議政局を設け、議員を置きて万機を参賛せしめ、万機宜しく公議に決すべき事。

【すぐれた人材の登用】 → 【公務員改革?】
一、有材の公卿諸侯及び天下の人材を顧問に備え官爵を賜い、宜しく従来有名無実の官を除くべき事。

【不平等条約の改定】 → 【外交???】
一、外国の交際広く公議を採り、新に至当の規約を立つべき事。

【憲法の制定】 → 【憲法改正?】
一、古来の律令を折衷し、新に無窮の大典を撰定すべき事。

【海軍力の増強】 → 【自衛隊から海軍へ?】
一、海軍宜しく拡張すべき事。

【天皇陛下・御所護衛兵の設置】 → 【自衛隊から陸軍へ?】
一、御親兵を置き、帝都を守衛せしむべき事。

【金銀の交換レートの変更】 → 【財政改革?】
一、金銀物貨宜しく外国を平均の法を設くべき事。

以上八策は方今天下の形勢を察し、之を宇内万国に徴するに、之を捨て他に済時の急務あるなし。苟も此数策を断行せば、皇運を挽回し、国勢を拡張し、万国を並行するも、亦敢て難しとせず。伏て願くば公明正大の道理に基き、一大英断を以て天下と更始一新せん。

改めて読んでみると、なるほど国の改革というのは、内容や方法はともかく、うつべき箇所は同じなんだなと感じました。ただここに教育に関することが入っていなかったと思いました。
# by fumonken | 2012-01-30 19:12 | 日課抄・歳時記 | Trackback | Comments(0)
お伊勢さんに行って参りました
毎年、お伊勢さんにお参りに行っております。お伊勢さんは空気が違います。
# by fumonken | 2012-01-28 16:29 | 日課抄・歳時記 | Trackback | Comments(0)
ひと月たちました
千代がお寺に来てもう一ヶ月が経ちました。本当に早いものです。早いと言えば、本当に大きくなりました。
# by fumonken | 2012-01-22 19:21 | 日課抄・歳時記 | Trackback | Comments(0)
何事のおわしますかはしらねどもかたじけなさに涙こぼるる
毎年、伊勢神宮にお参りをさせてもらっております。

鎌倉時代初期のお坊さん、西行法師は伊勢神宮に参拝されたとき、このような詩を詠まれたと言うことです。

「何事のおわしますかはしらねども かたじけなさに涙こぼるる」

今、「何事のおわしますかはしらねども」という心持ちが忘れられているのでないでしょうか。この言葉は個人(佛教でいう自我)にフォーカスしている我々にはなかなか浮かび上がらないのではないでしょうか。

私も自我から少しでも離れて、こんな境地に至りたいです。
# by fumonken | 2012-01-22 13:14 | 日課抄・歳時記 | Trackback | Comments(0)
もうすぐ京都市長選があります
昨年、大阪でえらいことが起きました。大阪府知事と大阪市長に既成政党の政治家ではない方が当選されました。このことはみなさんご承知の通りです。あの共産党ですら、自民、民主などと手を組んだということで、与党も野党も既成政党であり、与党のみならず野党もそれぞれ既得権益をもっているんだということが白昼のもとにさらされてしまいました。

その既成の与野党に独占されていた権益の壁を、打ち壊したのが今回の結果だと思います。そしてその権益を再構築し、再分配していくのがこれからの改革と言えるです。

そうそう、実は京都市長選が来月二月五日にあるのです。恥ずかしながら、私はそのことを知りませんでした。京都市長選は多くの地方自治体同様、八〇年代以降、非共産対共産の構図でした。そんな中で前回市長選のように第三局が立つと非共産の票が割れるのですが、結局は非共産がわずかの差で勝利するという歴史です。

そして今回の市長選。残念ながら、京都の場合、大阪と違って第三局からの立候補者はなく非共産対共産の選挙戦になりそうです。
# by fumonken | 2012-01-21 23:34 | 日課抄・歳時記 | Trackback | Comments(0)
いい言葉だなーと思ったので
花ならば散るが覚悟。
雪ならば消えるが覚悟。


いい言葉だなー。
# by fumonken | 2012-01-11 13:10 | 日課抄・歳時記 | Trackback | Comments(0)
絆についてもう一言
絆について先般、書きましたが、中国語に「絆」という字はありますが、日本人の使っている意味はなく、動物をつなぐ意味の字だそうです。中国人には絆という概念はないそうです。近い意味で「縁」という字を使うそうです。朝鮮語にはあるかないかは私は知りません。知っている方がいらっしゃったら教えてください。
# by fumonken | 2012-01-10 20:38 | 日課抄・歳時記 | Trackback | Comments(0)
絆と一如
昨年の世相を表す漢字は「絆」でした。昨年は我が国にとって大きな天災にみまわれた年でしたが、日本人の本来潜在していた「家族」「いたわり」「思いやり」そして「絆」の精神があらためて見直された一年でもありました。

「絆」の元来の意味は家畜や動物をつなぎ止める紐のことです。それが室町時代頃から、現代我々が使っている絆という意味になったそうです。「絆」は「糸偏に半」と書きます。おいおいうちらをつなぎ止める糸は半分なのか。なぜ「半分」なのでしょうか。実はこれは「半分」という意味ではなく、「丁か半か」あの「半」です。つまり分けることのできない数字、「奇数」を意味します。

佛教には「一如」という非常に大切な教えがあります。
一つでありつつそれは異なるが、異なりつつもそれは一つである
という意味です。梵我一如、生死一如、自他一如などと申したりします。

「一如」は日本人の心であり、「絆」は日本人の姿だと思います。
# by fumonken | 2012-01-09 18:30 | 日課抄・歳時記 | Trackback | Comments(1)
年頭の挨拶として、「自由」について
今年初めてのブログの話題として「自由」を取り上げます。

現代はまさに自由な社会です。自由主義、自由経済、自由貿易。職業選択の自由。学問の自由。表現の自由。報道の自由。自由という言葉を聞かない日がありません。先に辞書を調べると「他から強制・拘束・妨害などを受けず、自分の意のままに振る舞うことができる状態」と書かれております。さらにこの「自由」は何よりも優先さえる絶対的正義となっています。これが近代的「自由」の意味合いです。

その「自由」という言葉。意外にも禅の世界では、「自由」という言葉をよくつかいます。たとえば、
「針眼裏に身を蔵す(しんがんりにみをかくす)」。小さい針の穴の中に身を隠す。大小自他の二元的分別を越えた自由なはたらき。
「水底に金烏を走らしむ(すいていにきんうをはしらしむ)」。水底に太陽(金烏)を走らせる。悟りの上の自由な境地。
これは先に申し上げた近代的「自由」の意味合いと一見同じようですが違うのです。それでは仏教的禅的「自由」の意味合いは何なのでしょうか。

話はかわりますが、毎年十二月、禅寺では「臘八接心(ろうはつせっしん)」という坐禅三昧の一週間があります。昨年の臘八接心での私にとっての大きな収穫は「自由」ということが少しわかり始めたことでした。

今、私は仏教的禅的「自由」の意味合いをこうとらえています。
自由とは「冷静な判断のできる状態」
まさに禅定のことです。禅とは自由のことだと思います。

私たちはいろいろな壁掛けテレビが買える。数年に一度、新車に買い換えることができる。子供にいろんな教育を受けさせることができる。そういう「自由」をもっているということになっています。

しかし本当に壁掛けテレビが必要なのですか、本当に数年に一度新車に買い換える必要はあるのですか、本当に子供に受験させないといけないのですか。思いこまされているのではないのか。とらわれているのではないか。これは禅的には不自由な状態といいます。

常識と思わされている、とらわれている心を落ち着けて、冷静な判断のできる状態を得る。これが仏教的禅的「自由」の境地です。

今年も昨年以上に社会は加速度的にうごめくでしょう。だからこそ禅的自由「冷静な判断のできる状態」を己の生活の中に落とし込んでいく努力をしていただけると有り難いです。
# by fumonken | 2012-01-05 14:12 | 日課抄・歳時記 | Trackback | Comments(1)
昭和十六年十二月三十一日
一家全員総出動。内外大掃除。室内整備。
内山にゆきて松枝を選び資○売渡の○福の○としてささやかなる門松を玄関にとりつける。
暖かき一日。午后五時のラジオニュースは皇軍の大活躍を繰返して報ず。かくして大東亜共栄圏の基礎○まる成る。○一家の惣的基礎亦成る。いざ飛躍の戦○を迎へむ。

~祖父の日記より~
# by fumonken | 2011-12-31 12:52 | おじいさんの日記 | Trackback | Comments(0)
餅つき・冬夜
今年も年納めとして餅つきと冬夜(とうや:忘年会)を行いました。いつもお世話になっている方に声をかけ、
三十人近くの方がお越しになって、みんなで楽しく過ごしました。来年もよろしくお願いいたします。
# by fumonken | 2011-12-30 12:53 | 日課抄・歳時記 | Trackback | Comments(1)
昭和十六年十二月三十日
恒例歳末餅搗き。
午后挙母に赴きて買物などす。
寒風終日冬いよいよ本格的なり。

~祖父の日記より~
# by fumonken | 2011-12-30 12:52 | おじいさんの日記 | Trackback | Comments(0)
昭和十六年十二月二十九日
寺院規則の制定にとりかかる。
佛殿掃除。

~祖父の日記より~
# by fumonken | 2011-12-29 12:51 | おじいさんの日記 | Trackback | Comments(0)
昭和十六年十二月二十八日
午前十時名古屋市長母寺に於て今年度最后の第廿九部集会開催す。
取締支部長改選、寺院規則の件等議す。
午后十時皈宅す。

~祖父の日記より~
# by fumonken | 2011-12-28 12:50 | おじいさんの日記 | Trackback | Comments(0)
昭和十六年十二月二十七日
午後十時○社会課に出張。廳内大祓式も参列の○事務打合せを行○御用納をなして、午后四時半の急行にて皈る。

~祖父の日記より~
# by fumonken | 2011-12-27 12:50 | おじいさんの日記 | Trackback | Comments(0)
昭和十六年十二月二十六日
官有地譲与申請書類出来上りを○人等の潤印を集む。午后十時頃より晴れる。終日暖かなり。

~祖父の日記より~
# by fumonken | 2011-12-26 12:49 | おじいさんの日記 | Trackback | Comments(0)
昭和十六年十二月二十五日
午后より名古屋に出張。
帰路、三河線の故障にて約三時間予定より遅れ、八時皈宅。
夜半より両○る。

~祖父の日記より~
# by fumonken | 2011-12-25 12:47 | おじいさんの日記 | Trackback | Comments(0)
昭和十六年十二月二十四日
午后より保見○に出張す。
途次報恩寺を訪れたるも留守なりき
岡崎○○に会ふ。

~祖父の日記より~
# by fumonken | 2011-12-24 17:42 | おじいさんの日記 | Trackback | Comments(1)
昭和十六年十二月二十三日
○秋日和。

~祖父の日記より~
# by fumonken | 2011-12-23 17:37 | おじいさんの日記 | Trackback | Comments(0)
昭和十六年十二月二十二日
午后施療の件に就き安城の岩井氏を訪ぬ。
世話人、薪作り奉仕に来る。

~祖父の日記より~
# by fumonken | 2011-12-22 17:36 | おじいさんの日記 | Trackback | Comments(0)
昭和十六年十二月二十一日
午前十時より挙母町役場に於ける佛教会常会に出席。
午后安城の義雄君の来迎す。

~祖父の日記より~
# by fumonken | 2011-12-21 17:35 | おじいさんの日記 | Trackback | Comments(0)
新しいお寺の子が来ました
昨日、新しいお寺の子が来ました。名前を千代(仮称)といいます。「千代に八千代に」の「千代」です。女の子です。

先月初め、十年来つきあってきた寅次郎が亡くなり、お寺も静かになっていたのですが、千代が来てくれたのでまたあたらしい風がお寺に入ってきました。

みなさん、これからよろしくお願いします。
# by fumonken | 2011-12-21 14:58 | 日課抄・歳時記 | Trackback | Comments(2)
冬夜…禅寺の忘年会
禅寺には冬夜という行事があります。一年の間でもっとも夜の長い冬至の夜、禅寺では冬夜(とうや)と言われる忘年会の夜になります。

修行道場では夕飯はもちろん精進料理ですが、ご馳走になります。そして修行僧はそれぞれ隠し芸をしたり、どんちゃん騒ぎとなります。日頃はルールの厳しい道場ですが、この晩だけは無礼講となり、飲んで食べて、踊って酔っての晩になります。

これは単なる忘年会ではありません。日頃の厳しい生活で、お互い厳しい間柄だからこその忘年会なのです。このやるときはやり、外すときは思いっきり羽目は外す。これが禅です。

普門軒では12月30日に、日頃お世話になっている友人知人をお呼びして、餅つきと冬夜を行います。
# by fumonken | 2011-12-20 19:56 | 日課抄・歳時記 | Trackback | Comments(0)
昭和十六年十二月二十日
午后、名古屋に出張す。

~祖父の日記より~
# by fumonken | 2011-12-20 19:42 | おじいさんの日記 | Trackback | Comments(0)
昭和十六年十二月十九日
午前十時○○○に出張。役場並医○寺を訪れて席役係育団の迎りを促す。
午后作務。近日務むる状○○であった。

~祖父の日記より~
# by fumonken | 2011-12-19 19:42 | おじいさんの日記 | Trackback | Comments(0)
昭和十六年十二月十八日
午后、岡崎市に出張。

~祖父の日記より~
# by fumonken | 2011-12-18 19:40 | おじいさんの日記 | Trackback | Comments(0)
昭和十六年十二月十七日
曇時々晴。
午后作務。

〜祖父の日記より〜
# by fumonken | 2011-12-17 20:02 | おじいさんの日記 | Trackback | Comments(0)
昭和十六年十二月十六日
午后作務。

〜祖父の日記より〜
# by fumonken | 2011-12-16 20:01 | おじいさんの日記 | Trackback | Comments(0)
昭和十六年十二月十五日
雨。午前十時議会○の方面委員会に出席。

〜祖父の日記より〜
# by fumonken | 2011-12-15 20:01 | おじいさんの日記 | Trackback | Comments(0)
ここまで来ました
長野県の戦後に創立された高校と大正時代に創立された高校が合併したそうです。合併を期につけられた新しい校名が「飯田OIDE長姫高校」。日本の公立高校の名前です。
OIDEとは、Originality、Imagination、Device、Effortという校訓だそうです。日本の高校の校訓が英語です。
調べれば大正時代に創立された高校の方は、飯田城の跡地に建てられた伝統校です。

校長先生は「学校に国際的な視点を」、「グローバルな人材よ、おいで」と期待しているそうです。この校長先生や名前をつけた委員会の面々はどこの国の人でしょうか。

平成十五年のことです。山梨県に「南アルプス市」という名の市が誕生しました。アルプスとは日本語ではありません。でも日本の地名になってしまった。

今、この国を動かしている年代の人々は、いったいどこの国の人なのでしょうか。伝統に対する常識のない人々がそれなりの地位に立つと取り返しのつかないことになってしまいます。
# by fumonken | 2011-12-15 11:32 | 日課抄・歳時記 | Trackback | Comments(1)
< 前のページ 次のページ >